東京モスク・金曜礼拝のホトゥバ

 

 

 
FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2004年11月19日
テーマ:イスラームの容易さ

ムスリムの皆様。
イスラームにおいて、過度や強制は存在しません。最後の教えであり、完成されたものであるイスラームは、人々の為に、現世と来世の幸福を保証する為に下されたものです。この崇高な教えの、一般的性質の一つが、容易な教えである、ということです。

人に、その力に応じただけ責任を負わせているイスラームは、人々を困難や苦痛に陥れる為に下されたのではないのです。その目標は、人の内なる世界、外なる世界における純粋さ、誠実さ、透明さを守ることなのです。この件については、崇高なるアッラーが以下のように仰せられておられます。「アッラーはあなたがたに易きを求め、困難を求めない。」(雌牛章第185節)

「アッラーの(道の)ために、限りを尽くして奮闘努力しなさい。かれは、あなたがたを選ばれる。この教えは、あなたがたに苦業を押しつけない。これはあなたがたの祖先、イブラーヒームの教義である。かれは以前も、またこの(クルアーン)においても、あなたがたをムスリムと名付けられた。使徒はあなたがたのための立証者であり、またあなたがたは人びとのための立証者である。だから礼拝の務めを守り、定めの喜捨を行い、確りとアッラーに縋りなさい。かれはあなたがたの守護者である。何と優れた守護者、何と優れた援助者であることよ。」
(巡礼章第78節)「アッラーは困難を、あなたがたに課すことを望まれない。」(食卓章第6節)

親愛なるムスリムの皆様。
預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)は、あらゆる事項においてそうであるように、教えの容易さを実現させるという点においても、最も良い模範であられました。あるハディースにおいては、「間違いなく、この教えとは容易さである。」と、また別のハディースにおいては、預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)は、分をわきまえて振舞うことを注意し、教えが容易なものであることを明らかにされ、「この教えは容易さの教えである。誰であれ、教えを超越しようとしてはならない。(それは成功せず、成し遂げられない部分が残され)、優位性はこの教えに残されよう。」と仰せられておられます。聖アーイシャは、次のように語られています。

「預言者ムハンマドは、二つの物事からどちらかを選択する際、罪ではないことを前提に、必ず容易な方を選択されました。罪であれば、それから最も遠いお方が、アッラーの使徒であられました。」

親愛なるムスリムの皆様。
預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)は、いつでも、より容易な方を選択されました。容易さに関して、預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)のこの簡潔な言葉に耳を傾けてみましょう。「容易にしてください。困難なものとしないで下さい。良い知らせをもたらして下さい。憎悪を起こさせないで下さい。」

これらの章句、ハディースから理解できることは、この教えの基本にあるものは、困難にすることではなく、容易にすること、そして愛させることです。世界へ、慈悲として遣わされた預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)は、この方面においても、ウンマの為にご自身を例として示されて折られるのです。

預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)が、その推奨や忠告において示唆されておられる、この、容易とするという原則に、従わなければならないのです。

 

 

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