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FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2004年10月22日
テーマ:斎戒とその重要性
ムスリムの皆様、
史上、無数のイスラーム学者が斎戒について研究をし、その重要性と効果を指摘してきました。イスラームの五行のひとつである斎戒は個人および社会生活において重要な位置を占めています。これから斎戒のいくつかの効果をとりあげたいと思います。
ムスリムの皆様、
斎戒は個人の道徳観の形成に深くて継続的な影響を及ぼし、個人の価値観を育成する効果をもたらします。斎戒は、理性的で、欲を制限できる人間の訓練過程のひとつであるといえます。よく知られることではありますが、純粋な気持ちで正しく行う礼拝や斎戒は人を悪から遠ざけ、保護します。
偉大なるアッラーはアンカブート章第45節において次のように仰せられておられます。「本当に礼拝は、(人を)醜行と悪事から遠ざける。」また、アラーの使徒ムハンマド(SAW)が次のように語られています:
「斎戒は盾である。斎戒を守る人は悪い(汚い)発言をしてはならない。自分と口けんかしようとするものに対して二回「私は斎戒を守っているのだ」と言ったほうがよい。」
斎戒は人間に忍耐強さの重要性を認識させます。普段よくやっていたことを一定の目的でやめ、あるいは一定の期間我慢することは、私たちに耐えることの難しさと重要性を同時に覚えさせるのです。欲望の要求を制限し、耐えることは本当に至難のわざです。アッラーの使徒は、「斎戒は忍耐の半分だ」と語り、斎戒における忍耐の重要性をご指摘なさいました。
ムスリムの皆様、
斎戒は人間に、貧困と、困窮者のことを思い出させ、彼らに助けの手を差し伸べることを勧めます。その結果、このような人たちが喜び、彼らの喜びに神も喜びます。神の喜びこそ、神のお赦しを勝ち取る最も有効な手段です。偉大なるアッラーはバカラ章第274節において次のように語られています。「自分の財を、夜となく昼となく、人目を避けて、またあらわに施す者は、主の御許から報奨が下される。かれらには恐れもなく憂(うれ)いもない。」
また、アッラーの使徒ムハンマド(SAW)は次のようにおっしゃられています。「ある人が兄弟のこの世における悲しさのひとつを取り除くならば、アッラーはかれの審判の日の悲しみのひとつを取り除きます。誰かが債務をかかえて困っている人を助けるならば、偉大なるアッラーは現世においても来世においても彼を助けます。人が兄弟を助ける限りアッラーはその人を助け続けることを覚えていて下さい。」
ムスリムの皆様、
斎戒は人間に、ムスリム兄弟とともにイフタールの食卓を囲み、アッラーが与えてくださる無数の糧を分け合い、その喜びを味わわせます。私たちの模範であるムハンマド(SAW)もそのようになさっていました。
「ある日、アッラーの使徒はサード・ビン・ウバ−ダ(RA)のところにいらっしゃいました。サードはパンとオリーブをもって差し出しました。アッラーの使徒はこれらを召し上がりました。そして、「あなた方の食卓で斎戒を守る人々がイフタールをするように。食事を良い人たちが召し上がるように。天使たちはあなた方にドアーをするように」とお祈りくださいました。」
ムスリムの皆様、
斎戒は、人間にアッラーが目の前に存在するかのような気持ちで崇拝を行う喜びを獲得させます。なぜなら斎戒は、リヤーが混ざってしまう恐れの少ない崇拝であるからです。斎戒はアッラーのためにのみ行われます。偉大なるアッラーはあるハディース・コドゥスにおいて、「アーデムの子のすべての行いは自分のためである。斎戒は例外である。なぜなら斎戒はわれのためである」とおっしゃられています。
 
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