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FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2004年10月08日
テーマ:成熟しているムスリム
親愛なるムスリムの皆様。
人間は、ただ、二本の足で歩き、話し、笑い、愛し、増殖する、哺乳類の一種ではありません。人を創造された崇高なるアッラーのみ言葉によるなら、本来の人間は被造物のうち最も誉れある存在であり、地上におけるアッラーの選ばれた代理人(カリフ)です。人間は、その肉体においても精神においても完成された存在です。徳において、天使を超越しうる候補者でもあります。悪事においても、シャイターンを大きく上回るほどの能力を備えています。偉大なるアッラーはクルアーンで、「本当にわれは、人間を最も美しい姿に創った。それからわれは、かれを最も低く下げた。」 (無花果章第4・5節)と仰せられておられます。
成熟しているムスリムは、死について考え、この生の先にある不安を、常に心に抱いています。このようにして、この世における生に、意義を与えるのです。生を、単にこの世における生活から成り立つものであるとは見なさないのです。この世における生の先にも、続きがあることを信じるのです。
兄弟姉妹の皆様。
クルアーンから私たちが学ぶことができるように、人間は無意味に創造されたのではありません。アッラーは次のように仰せられておられます。「あなたがたは、われが戯れにあなたがたを創ったとでも考えていたのか。またあなたがたは、われに帰されないと考えていたのか。」(信者たち章第115節)
生も死も、人の試練の為にあります。偉大なるアッラーは、飲み食いし、歩き回り、性欲を満たすといったことのほかに何も考えていないような人、それらとは異なるある責任感を抱いていない人を、人間としてふさわしいとは見なされません。
「われは地獄のために、ジンと人間の多くを創った。かれらは心を持つがそれで悟らず、目はあるがそれで見ず、また耳はあるがそれで聞かない。かれらは家畜のようである。いやそれよりも迷っている。かれらは(警告を)軽視する者である。」(高壁章第179節)と仰せられておられるのです。
忘れてはいけないことは、個人的な欲望、食欲や性欲、憎悪、ねたみ、怒り、けちであること、といった自己本位な感情におぼれている人は、決して、成熟したムスリムになるという高みに到達することは出来ない、ということです。
イスラームの教えは、人が、自身や万物、創造主であるアッラーを知ることが出来るよう、私たちに二つの道を示しています。全体からその一部へ、一部分からその全体へ・・・。だから、人は、成熟という段階に到達する為には、まず自らを知らなければならないのです。自らの完成度を把握した上で、アッラーの偉大さは理解できるのです。
親愛なるムスリムの皆様。
成熟したムスリムには,生涯を通して三つの目標があります。
アッラーのご命令への敬意
被造物への慈しみ
人々の役に立つこと
私たちがこれらの性質を備えた者となれますよう、偉大なるアッラーにお祈りいたします。
 
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