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FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2004年10月01日
テーマ:正しさ
ムスリムの皆様。
人々の間における相互の信頼、社会生活の安定を保つ要素の一つが、疑いの余地を残さない正しさです。クルアーンで『正しい』『真の』といった表現で示される誠実さは、会話、説明、約束を果たすこと、態度や行動において正しくあること、誠実に振舞うこと、を示す一つの概念です。
メヴラーナの、「外見のままの自分であれ。あるいはありのままの自分を見せよ。」という言葉では、人の話すことと行動の一致が示されています。戦列章第2節及び3節では「信仰する者よ、あなたがたはどうして(自ら)行わないことを口にするのか。あなたがたが行わないことを口にするのは、アッラーが最も憎まれるところである。」とアッラーは仰せられておられます。預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)は、「正しさは人を尊い業へと導き、尊い業は人を天国へと導く。」とおっしゃられています。
一般的な徳の概念においてそうであるように、イスラームの徳においても、正しさは、人の品位、健全な社会のための不可欠な要素の一つです。だから、正しさは、個人もしくは社会生活のために必要な徳の全てを、そこに持っています。聖なる書クルアーンにおいて、正しさという概念が示されている部分をいくつか取り上げてみましょう。
正しさは、まず何よりもアッラーの特性の一つです。婦人章第87節では「アッラー,かれの外に神はないのである。かれは審判の日にあなたがたを集められる。それには,疑いの余地はない。誰の言葉が,アッラーよりも真実であろうか。」とされています。正しさは、アッラーの使徒預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)の特性でもあります。整列者章第37節では「いや、かれは真理を齎して、(かれ以前の)預言者たち(の啓典)を確証する者である。」と啓示されています。
兄弟姉妹の皆様。
正しさは、ムスリムの特性でもあります。だから、ムスリムは信仰とイバーダのあり方において正しくなければならず、また誠実に振舞わなければなりません。なぜならムスリムは、あらゆる面において模範となる人であるからです。さらにムスリムは、アッラーの「アッラーが、忠誠な人々に対しその忠誠さに報われ、またかれが御望みならば、偽信者を罰し、あるいはかれらを赦されるということである。本当にアッラーは、寛容にして慈悲深き御方であられる。」 (部族連合章第24節)
という神聖な通知をよく知る者でもあります。部族連合章第35節では「本当にムスリムの男と女、信仰する男と女、献身的な男と女、正直な男と女、堅忍な男と女、謙虚な男と女、施しをする男と女、斎戒(断食)する男と女、貞節な男と女、アッラーを多く唱念する男と女、これらの者のために、アッラーは罪を赦し、偉大な報奨を準備なされる。」と、婦人章第69節においても
「アッラーと使徒に従う者は,アッラーが恩恵を施された預言者たち,誠実な者たち,殉教者たちと正義の人々の仲間となる。これらは何と立派な仲間であることよ。」と啓示されているのです。
兄弟姉妹の皆様。
私たちは正しく誠実であるべきであり、あらゆる行いにおいて、この原則に従わなければなりません。そして、真実から離れてはいけないのです。それによって、アッラーが通知されていることの適用を受けることが出来るようになるために。
 
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