東京モスク・金曜礼拝のホトゥバ

 

 

 
FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2004年8月20日
テーマ:開端章にみる神の真実

 

ムスリムの皆様。

私たちが信仰するイスラームの教えの聖典は、聖クルアーンです。クルアーンの最初の章が開端章です。開端章はその意味において、クルアーンの真髄、イスラームの基本を内包しているのです。


開端章は、万物の主であるアッラーをその素晴らしい特質と共に我々に紹介し、いかに信仰し、崇拝行為を行なうべきか、現世と来世における幸福の道を示していることから、クルアーンの母とも称される章です。本日のフトバでは、親愛なる皆様に、開端章の句を解説していきたいと思います。


「万有の主,アッラーにこそ凡ての称讃あれ。慈悲あまねく慈愛深き御方,」賞賛、賛美にふさわしいのは、万有の主アッラーのみです。アッラー以外に、賞賛し、賛美するべき対象は何も存在しません。慈悲の特質では、善人であれ悪人であれ、信者であれ不信心者であれ、全てのしもべに、区別なく与えられる現世の恵みを下さると言うこと、慈愛の特質では、来世での生における恵みはただ信者にのみ分け与えられるという意味が存在します。「最後の裁きの日の主宰者に。」幽玄界、すなわち死とその後の復活、天国と地獄が必要なものであること、現世で行なわれたあらゆることの結果が、来世で必ず示されるということ、何であれ見返りのないものは存在しないと言うことを示します。


「わたしたちはあなたにのみ崇め仕え,あなたにのみ御助けを請い願う。」崇められるべき、助けが願われるべき対象は唯一アッラーのみであること、アッラー以外には崇めるべき、助けを求めるべきものは一切存在しないこと、ドゥアーと崇拝行為は私たちの生の一部となるものであることを示しています。


「わたしたちを正しい道に導きたまえ,」つまり、お恵みを与えられた預言者たち(彼らは、人々の救済の為に選ばれた特別な人々です)と、それに従う人々の道を歩かせてくださいという希望です。


「あなたが御恵みを下された人々の道に,あなたの怒りを受けし者,また踏み迷える人々の道ではなく。」つまり、イスラームを信仰しない人々から区別されること、あらゆる、誤った信心、思い込みから遠ざかり、アッラーに心から結びつくことを望んでいます。


ムスリムの皆様。

日に五回行なっている礼拝の、それぞれのラカートにおいて開端章を唱えることによって、自分たちがアッラーとクルアーンに従っているという意識をもって、私たちの主に服従を示し、慈愛という特性によって与えられる来世での恵みに到達できるよう願います。私たちはムスリムとして、私たちの主の神聖なご命令、そしてミラージュの際の贈り物であるこの礼拝をないがしろにしてはならないのです。常に従順という意志をもって、崇拝行為を行ないましょう。礼拝は、ムスリムたちをあらゆる悪事、危険から救うのと同時に、慈悲深い神のご満悦を得るすべとなる、崇高な崇拝行為であることを忘れないようにしてください。

 

 

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