東京モスク・金曜礼拝のホトゥバ

 

 

 
FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2004年8月6日
テーマ:タウヒードを信仰する者・しない者

ムスリムの皆様。

私たちが生きるこの世界、そしてそこにある全てを創造されたのは、万物の主アッラーであられます。アッラーは、完成された被造物である人間の、来世と現世における幸福の為、神聖なメッセージを預言者たちを通して人々に伝えられました。そして人々に信仰し、従うよう呼びかけられておられるのです。


慈悲深きアッラーのこの偉大なる呼びかけに応え、信仰し、服従を示す人々と、呼びかけに応えず、信じず、服従しない人々の、あの世における生のそれぞれのあり方を、クルアーンの章句から説明していきます。


砂丘章第19節では次のように啓示されています。「各人には、その行ったことに応じて種々の段階がある。これはかれが、行為に対して(完全に)報われるためで、決して不当に扱われることはない。」


ユーヌス章第62,63及び64節では以下のとおり啓示されています。「見なさい。アッラーの友には本当に恐れもなく、憂いもないであろう。かれらは信仰し、(アッラーを)畏れていた者たち。かれらに対しては現世でも、来世においても吉報がある。アッラーの御言葉には変更はない。それこそは偉大な、幸福の成就である。」
砂丘章第13節及び14節では「本当に『わたしたちの主は、アッラーです。』と言い、その後(その道において)堅固な者には恐れもなく、憂いもない。これらは楽園の住人で、その中に永遠に住む。(それが)かれらの(善)行に対する報奨である。」と仰せられています。


ムスリムの皆様。

ここで紹介した神のメッセージは、アッラーのお招きに応え、それにふさわしく生きる人々へのアッラーのお恵みです。従わない人々に対しては、砂丘章第32,33、及び34節で以下のように述べられています。


「アッラーの招きに答えない者は、地上においてかれ(の計画)を挫くことなど出来る筈はない。またかれらには、かれの外に保護者はない。これらの者は明らかに迷いに陥っている者である。」かれら(マッカの多神教徒)は、天と地を創造なされ、その創造に疲れることもないアッラーが、死者を甦らせることくらい、できるとは思わないのか。いや、かれは凡てのことに全能であられる。信仰しない者が、火獄の前に晒される日。(かれらは問われよう。)「これは真実ではないのか。」かれらは(答えて)、「本当でした。わたしたちの主に誓けて。」と言う。かれは仰せられよう。「あなたがたは不信心であったことに対する懲罰を味わえ。」


ムスリムの皆様。

慈しみの教えであるイスラームは、絶望の主教ではありません。なぜなら、慈しみ深く偉大なアッラーのお慈悲、お赦し、免罪は全てに及ぶものだからです。人間が自らの無力さを認識し、服従を示しさえすれば。


集団章第53,43及び55節において、偉大なるアッラーは次のように仰せられておられるのです。「自分の魂に背いて過ちを犯したわがしもべたちに言え、『それでもアッラーの慈悲に対して絶望してはならない』アッラーは、本当に凡ての罪を赦される。かれは寛容にして慈悲深くあられる。あなたがたは懲罰が来る前に、主に悔悟して帰り、かれに服従、帰依しなさい。その(懲罰がやって来た)後では、あなたがたは助からない。あなたがたが気付かない中、突然懲罰がやって来る前に、主からあなたがたに下された最も善い(道)に従え。

 

 

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