東京モスク・金曜礼拝のホトゥバ

 

 

 
FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2004年7月16日
テーマ:クス・ビン・サイドの説教

ムスリムの皆様。

今私たちが生きているこの世界には、無数の知識人や芸術家、学者たちが現れては去っていきました。これらの人々は忘れられることはあっても、彼らの作品は常に記憶にとどめられています。15世紀も前に行き、有名な説教を残したクス・ビン・サイドもその一人です。


アッラーの使徒聖ムハンマドの青年時代でした。その時代、偶像崇拝を行なっていたアラブ人社会において、偶像崇拝を否定する人々がいました。彼らは最も正しい教えを探求していました。正しい教えを伝える為にアッラーの使徒が近く遣わされるだろうと主張する人々もいました。その一人がクス・ビン・サイドだったのです。


クス・ビン・サイドはウカズの市場で行なったその説教で知られています。その説教の新鮮さは今においても衰えてはいません。聖ムハンマド(彼の上に平安あれ)は当時まだ若者でしたが、その説教を聴いた一人であられたのでした。もちろん、クス・ビン・サイドは聖ムハンマドが近い将来預言者として任務を受けることを知る由もありませんでした。


「皆さん、集まってください。私の話を忘れずに、あなたがた自身の為に生かしてください。命あるものは必ず死を迎えます。死んだ者は姿を消します。子供たちが生まれ、親のあとを継ぎ、やがて彼らも去っていきます。ここから何かを学んでほしいのです。


天にはしるしがあります。この地上にも、熟考を促す多くの助言があります。地上は広げられた布帛のようであり、大空はその天井です。やってきた者は残らず、去っていった者は二度と戻りません。なぜなのでしょう。向かうところが楽しいからでしょうか。あるいはそこで寝てしまっているのでしょうか。


私はここに宣言します。アッラーの御許には真実の教えが存在し、それはあなたがたが今信仰している教えより好ましいものです。アッラーからの預言者がまもなくやってくるでしょう。彼の影は私たちの頭上まで届こうとしています。その預言者を信仰する者はなんと幸せなことでしょう。彼によって導かれる者はなんと幸せなのでしょう。彼に対抗し、否定する者はなんと不幸なのでしょう。


そのような人々の生も死も無意味なものとなり、彼らは人生の敗北者なのです。


皆さん。私たちの祖先はどこに行ったのでしょう。豪華な住まいや宮殿を築いたアードやサムード族たちはどうなってしまったのでしょう。我こそがあなたがたの神だと主張していたファラオやナムルートはどこに行ったのでしょうか。彼らはあなたがたより多くの財産と権力をもっていましたが、土は彼らをも吸収し、彼らをも土に返したのです。彼らの華やかだった宮殿も既に崩壊し、今では遺跡となっているのではないでしょうか。


彼らのような愚者になってはいけないのです。彼らの道をたどってはいけないのです。全てが失われてしまいます。永遠に健在であられるのはアッラーのみです。アッラーは唯一であられます。アッラーに並びうる何者も存在しません。アッラーのみを崇拝するべきなのです。アッラーは産むことも,産まれることもなさらないお方なのです。私たちが過去から学ぶべきものは多くあります。死の川の入り口は無数にありますが、その出口は一つたりともありません。若い者も老いた者も皆死を迎えます。死んだ者は二度とこの世界には戻らないのです。万人のためにあるこの死は、いつか私にも訪れるでしょう。」


彼はこのように説教を行なったのでした。彼は、聖ムハンマド(彼の上に平安あれ)が預言者となられるところを見ないまま世を去ったのでした。


ムスリムの皆様。

アッラーの使徒聖ムハンマド(彼の上に平安あれ)は、この説教を、預言者となられた後にも覚えておられ、彼についてこのようにおっしゃいました。「偉大なるアッラーは審判の日に、クス・ビン・サイド一人を、単独のウンマとして生き返らせられるであろう。」ムスリムの皆様。本日のフトバを、イムラーン家章第19節及び第85節を持って締めくくります。「本当にアッラーの御許の教えは、イスラーム(主の意志に服従、帰依すること)である。」「イスラーム以外の教えを追及する者は、決して受け入れられない。また来世においては、これらの者は失敗者の類である。」

 

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