東京モスク・金曜礼拝のホトゥバ

 

 

 
FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2004年7月09日
テーマ:ドゥアー

ムスリムの皆様。
ドゥアーは崇拝行為の真髄です。人は肉体的に食べ物や飲み物を必要としているのと同様に、精神的にドゥアーを必要としているのです。なぜなら人はその天性として無力な存在であるからです。望むものを何でも手に入れる能力を、もってはいないのです。直面する災いや困難さを取り除くことができないのです。だから人は、そういう状態にあって、偉大なる創造主にドゥアーしたり、自らの状況を創造主に訴えたりする必要性を感じます。

 

この必要性は生まれつきのものです。あらゆる機会を通し、様々な形で、それは自らの存在を示します。

ムスリムの皆様。ドゥアーは、信仰し、忍耐し、そして求める必要性を感じている人と、無限の慈悲の持ち主であられるアッラーとを結びつけるものです。ドゥアーは、困難さ、つらさ、肉体的、精神的病状を癒す源、希望の泉です。

 

慈悲の預言者聖ムハンマド(かれの上に平安あれ)は、ドゥアーに関わることとして、ハディースにおいて「ドゥアーは慈しみの扉の鍵であり、信者を保護するものであり、信仰の柱であり、崇拝行為の真髄である」と明らかにされておられます。

 

ムスリムの皆様。
ドゥアーの真髄にはアッラーへの服従、しもべであるということの意識があります。ガーフィル章第60節では

「それであなたがたの主は、仰せられる。『われに祈れ。われはあなたがたに答えるであろう。だがわれに仕えるのに高慢な者たちは、必ず面目潰れの中に地獄に陥るであろう。』」と、雌牛章第186節では「われのしもべたちが、われに就いてあなたに問う時、(言え)われは本当に(しもべたちの)近くにいる。かれがわれに祈る時はその嘆願の祈りに答える。それでわれ(の呼びかけ)に答えさせ、われを信仰させなさい、恐らくかれらは正しく導かれるであろう。」と啓示されています。

 

預言者聖ムハンマド(かれの上に平安あれ)は、ハディースにおいて、「アッラーのお恵みとその気前のよさから望みなさい。なぜならアッラーは、しもべが望むこと(ドゥアーをすること)を喜ばれる」とおっしゃられておられます。

 

ムスリムの皆様。
ハサン・バスリ師を3人の人が訪ね、それぞれの別々の望みの為にアッラーにドゥアーをするよう求めました。それに対してこの偉大なイマームは「アッラーにドゥアーしなさい。」と答えました。礼拝堂にいた人が、「イマームよ、あなたは、いろんな要求や不平を訴えている人たちに対して一様に、ドゥアーするように命じている。」というと、偉大なイマームは「私はそれを自分で思いついていったのではない。」と答えました。聖ヌーフは災難や困難さに見舞われている部族に、それらから救われる為にはドゥアーをするようにといったことが、クルアーンで伝えられているのだと語ったのです。だから私も彼らにドゥアーするよう勧めたのだといったのでした。

 

高壁章第55節において「虚にまた目立たない隠れたところで、あなたがたの主に祈れ。かれは教えに背く者を御好みになられない。」と、第56節では「恐れと熱情をもってかれに祈れ。本当にアッラーの慈悲は、(常に)善行をなす者の近くにある。」と啓示されています。

 

 

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