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東京モスク・金曜礼拝のホトゥバ |
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ヒジュラ暦1425年において、私たちには慈悲深き預言者聖ムハンマド(かれの上に平安あれ)を、正しく理解し、人々に伝え、模範的な生き方をしていく責任があります。
聖ムハンマド(かれの上に平安あれ)は本当に偉大な預言者であられました。その神聖なお心はいつでも人間への愛情に満たされていました。この世界はそのお方に匹敵するほどの存在にかつて出会ったことはなく、またこれからも出会わないでしょう。アッラーは、慈しみの預言者、聖ムハンマド(かれの上に平安あれ)のこの特徴を、悔悟章第128節で
と表されておられます。聖ムハンマド(かれの上に平安あれ)の心は人びとへの愛情で満たされており、教友たちにクルアーンを読まれる際にさえ、涙をこらえることができないほどでした。教友にクルアーンを読まれ、突然その神聖な目から涙があふれるのでした。雌牛章第24節の、「それならば、人間と石を燃料とする地獄の業火を恐れなさい。」と読まれ、慈悲深い預言者は泣かれたのです。被造物の中で最も誉れある特性の持ち主である人間が、地獄の燃料となることが、そのお方を泣かせたのでした。
預言者ムハンマド(かれの上に平安あれ)は、23年間の預言者としての生活において、常に「わたしのウンマよ、ウンマよ。」と言われ、ウンマが赦されること、人々が救われることのため、アッラーに願い続けました。そして涙を流されておられたのでした。
預言者ムハンマド(かれの上に平安あれ)は、そのウンマの為、人びとの為、これほど悲しまれ、人々の幸運と救いの為にこれほど努力をされておられるのです。わたしたちは何をすべきなのでしょうか。イムラーン家章第31節では、
アッラーの使徒(かれの上に平安あれ)を愛することとは、このお方を知り、説明する為、彼が引かれた輝かしい光の道を歩くことなのです。人々がこのお方を正しく理解した時には、苦痛や困難も終わりを迎えるでしょう。
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