東京モスク・金曜礼拝のホトゥバ

 

 

 
FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
 
2004年1月23日
テーマ:イスラームの五つの基本の一つ、巡礼


ムスリムの皆さま。イムラーン家章第96−97節、および巡礼章第27節では、アッラーは次のように仰せられておられます。


「本当に人々のために最初に建立された家は、バッカのそれで、それは生けるもの凡てへの祝福であり導きである。その中には、明白な印があり、イブラーヒームが礼拝に立った場所がある。また誰でもその中に入る者は、平安が与えられる。この家への巡礼は、そこに赴ける人びとに課せられたアッラーへの義務である。背信者があっても、まことにアッラーは万有に(超越され)完全に自足されておられる方である。」


「人びとに、巡礼(ハッジ)するよう呼びかけよ。かれらは歩いてあなたの許に来る。あるいはどれも痩せこけているラクダに乗って、遠い谷間の道をはるばる来る。」


イスラームの五つの基本の一つが、巡礼です。アッラーの使徒(かれの上に平安あれ)は、ハディースにおいて、「イスラームは五つの基本の上に築かれた。アッラーの外に神がいないこと、ムハンマドがアッラーの使徒であることを信じること、礼拝を行うこと、ザカートを行うこと、アッラーの家であるカーバを巡礼すること、そしてラマダーン月に斎戒を行うことである。」とおっしゃられておられます。


ムスリムの皆様。ちょうど今ごろ、心にアッラーへの愛情を抱き、「アッラーの外に神はなし、ムハンマドはその使徒である」という言葉、それからタルビヤ(巡礼の際に唱えられる言葉)と共に何百万ものムスリムたちが、真っ白なイフラーム(巡礼服)に身を包んで、カーバの周囲を廻ったり、道の途上でその神聖なる街へ至るのだという興奮のうちにいたりしているのです。彼らの心は皆同じ感情に溢れ、


「ラッバイカ アッラーフンマ ラッバイク ラッバイカ ラーシャーりカラカ、ラッバイク インナルハムダ ワンネヤマタ ラカワルムク ラーシャリーカルク」(アッラーよ、私はここにおります。あなたの御前におります。あなたには同位者はおりません。あらゆる賞賛はあなたのためにあり、あらゆる恵みはあなたから来ます。力はあなたにのみ属します。あなたに同位者はありません。)という声が天空まで響き渡るのです。


ムスリムの皆様。巡礼とは非常に雄大な、大きなイバーダです。タワーフ(カーバの周回)が行われ、サファーの丘とマルワの丘の間でサーイ(7回その間を行き来すること)を行ったり、アラファトでウク―フ(とどまること)を行ったり、ムズダリファで、シャイターンに投げつける為の石が拾われ、ウクーフが行われ、ミナ―においてアッラーの為犠牲が屠られたり、人間の永遠の敵であるシャイターンに投石が行われたりする、意義を秘めた崇高なイバーダなのです。


巡礼は非常に壮大なものです。言語も、皮膚の色も、民族も、国も、文化も異なる何百万ものムスリムたちが集合し、灼熱の太陽の下、涙をこぼし、汗をかきながらカーバの周回を行います。巡礼は本当に壮大なものです。サファーとマルワの二つの丘の間でサーイを行う何百万人もが、聖イブラーヒームの妻ハージャルとその聖なる息子聖イスマーイールを思い、彼らの目は、我らが母ハージャルが息子のイスマーイールの為に水を探し求めて走り回る姿を見るかのようである。


アラファトにおけるウクーフも、この上なく壮大でこの上なく意義深いものです。あたかも、審判の日に全ての人々が集められる時の様相を示します。なぜなら、灼熱の太陽の下、熱い砂の上で何百万もの人びとの心から湧き上がる懇願と共に、審判の日の絶対的な裁判官であられるアッラーに許しが乞われ、涙が流され、焼けた砂に注がれるのです。アラファトにおいてはアッラーの使徒(かれの上に平安あれ)の次のハディースが思い起こされ、人びとの懇願は心からのものとなるのです。


「アッラーは、アラファトでウクーフが行われる日(イードル・アドゥハーの前日)、地獄からの解放を行われるほどに、他の日にそれを行われることはない。」


ミナ―で、アッラーの為に犠牲を屠ります。人々は永遠の敵であるシャイターンに投石を行い、審判の日の集合を思い起こさせる様相のうちにカーバの周回を行います。最後に、アッラーの使徒(かれの上に平安あれ)のハディースでもってフトバを終えたいと思います。

 

 

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