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FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2004年1月2日
テーマ: 新年―平和―愛情
ムスリムの皆様。
2003年も過去のものとなり、新しい年を迎えました。お祝いを申しあげます。この年が平和と恵みをもたらすことを願っております。21世紀の最初のこの数年を振り返って見ると、私たちが体験し、目撃してきた出来事は、イスラームの教えが人々に示している愛情、平和、友好、そして寛容の精神というものを人々がどれほど必要としているか、私たちがどれほどそれを求めているのかということをはっきりと示しています。イスラームの教えは、それが人々に示している原理、基本に基づいて、人々との関係において模範的な人となることを勧め、善良な人々によって構成された集団を形成するように助言しています。
聖クルアーンの章句や預言者ムハンマド(かれの上に平安あれ)のことばに注意を払われるなら、それらがどちらも人間をテーマにしているということに気がつかれるでしょう。クルアーンの章句においても、アッラーの使徒(かれの上に平安あれ)のことばにおいても、その真髄において人間の成熟、自らを知ること、存在の価値を把握すること、その結果として力と強さの持ち主であられるアッラーを知ること、信仰をもつことの必要性を示しているのです。
ムスリムの皆様。今起こっていることが終わりを迎えること、苦しみが消し去られること、涙が乾くことは、人々の心に教えの真髄である愛情、平和、友好、寛容といった精神が根付き、それが実際の生活において生かされることによって可能となるのです。なぜならイスラームということばが示す意味とは、アッラーとそのお使い(かれの上に平安あれ)が満足され、認められた、人間が安らぎと感謝の内に生きる人生の名なのです。
バカラ章第208節においては、「あなたがた信仰する者よ、心を込めてイスラーム(平和の境)に入れ。悪魔の歩みを追ってはならない。本当にかれは、あなたはたにとって公然の敵である。」と啓示されています。ムスリムの皆様。人が求めてやまず、また何度も口にしつつもどうしても到達できずにいる人間性、愛情、平和を、もっとも深い意義とともに人間に示している教えは
イスラームです。なぜならイスラームが人々にもたらすこの望みを、ほかの仕組みや異なる信仰基盤に見いだすことは不可能であるからです。自分のために望むことを他人のためには望まない人、隣人が飢えているときに満腹して眠る人を、自分たちと共にある者とは認めない信仰基盤が他にあるでしょうか。ムスリムであることの必須条件は信仰であり、信仰の必須条件とは愛であるのであり、だからこそイスラームの教えが到達しようとする目標は平和であり、安らぎであり、信頼なのです。このことを理解し、イスラームが愛と平和の礎石をいかにして築いているかということを知るには、イスラームの歴史をひもといてみることで十分でしょう。
ムスリムの皆様。イスラームの教えがもたらす愛情はアッラーとその使徒のためにあります。なぜならこの世界ですべてのものはお互いに結びついており、あらゆる種類の生が愛という軸を中心に回っているからです。愛という結びつきが壊され、愛が失われてしまったならば、それはこの世界の秩序や均衡が壊されるということを意味するのです。秩序が破壊されてしまったら、生は耐え難いものとなってしまうでしょう。偉大なるアッラーはアスル章においてつぎのように語られます時間にかけて(誓う)。本当に人間は,喪失の中にいる。信仰して善行に勤しみ,互いに真理を勧めあい,また忍耐を勧めあう者たちの外は。
アッラーの使徒(SAV)の愛情に基づいた一つのハディースを紹介し、フトバを終えたいと思います。 「次の三つの事項を行っていれば、アッラーはかれの仕事を容易になさり、天国へと導かれる。
1. 人にものを与えるということをしない人に、ものを与える。
2. あなたを訪問しようとしない人を訪ねなさい。悪行をなす人を許しなさい。」
こういった思いを込めて、2004年という年がイスラーム世界に平安と幸福をもたらし、すべての人々へのアッラーのお導きと平和をもたらすものとなることを、偉大なるアッラーに願います。
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