東京モスク・金曜礼拝のホトゥバ

 

 

 
FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
 
2003年12月26日
テーマ: アッラーのしもべとなること
 
ムスリムの皆様。

完全な計画のうちに創造され、調和のうちに作用するこの宇宙において、全てがある意図の下に創造され、また全てが人間の益に供されていることを私たちは日々見ることができます。


被造物の中で選ばれた立場にあり、また優れた能力が備えられた人間の、こういったあり方は、当然ある神意に基づいたものであり、また人間の存在もまた、一つの意図に基づいたものです。


この意図とは、ただ飲み食いしたり、遊びまわったり、一時的な願望や欲望を追求することではなく、またそうあってはならないものです。人間の創造における神意、この世に生まれてきた真の意図は、創造主であり絶対的支配者であるアッラーへの信仰、イバーダ、そしてしもべとなることなのです。アッ・ザーリヤート章第56節ではこの点に関して次のように解明されています。


「ジンと人間を創ったのはわれに仕えさせるため。」
 

またアル・ヒジュル章第99節においても、
「定めの時が訪れるまで、あなたの主に仕えなさい。」 と啓示されています。


ムスリムの皆様。

肉体と魂が結びつくことによって形成されている人間にとって、肉体が食べ物や飲み物を必要としているのと同様に、その魂は精神的な糧を必要としているのであり、それこそが信仰であり、イバーダであるのです。


敬意と従順を意味するイバーダは、宗教的な意味では、アッラーとそのみつかいのご命令と禁止事項に従うこと、神による規則に従って生きることです。


なぜならイバーダは、信仰心の成熟やアッラーへの愛情が心に定着することを助け、魂を悪い考えや罪から遠ざけることによって魂の浄化をも進めるものであるからです。イバーダは人間の行動を正し、道徳的に成熟させ、その結果として人間があの世での懲罰から救われ、天国の恵みに至る要因となるのです。


ムスリムの皆様。

人がその人生で様々な困難や苦しみに遭遇しえるのは確実なことです。時には失望したり、危機的な状況におちったりすることもありえます。このような状況で、人はアッラーに向きあい、希望が失われたときには、アッラーの無限のお慈悲と深いお恵みに庇護を求めることによって安らぎをえて、失望から救われるのです。


イバーダは、しもべがアッラーの観点での価値をえる要因となり、その精神世界に平安を獲得させるのです。アル・フルカーン章第77節でアッラーは、 「(不信心者に)言ってやるがいい。『あなたがたがわたしの主に祈らないなら、かれはあなたがたを、構って下さらないであろう。あなたがたは本当に(主を)嘘つき呼ばわりしたが、やがて免れられない(懲罰が)下るであろう。』」と仰せられておられます。

 

イバーダは人の心にアッラーへの畏怖を定着させ、善悪あらゆる振る舞いが、いつか問いただされるだろうということ、アッラーと預言者のご命令と禁止事項に従って生きることを教えるのです。
アル・イスラーウ章第13節から15節では次のように啓示されています。


「一人びとりに、われはその運命を首に結びつけた。そして復活の日には、(行いの)記録された一巻が付き付けられ、かれは開いて見る。(かれは仰せられよう。)『あなたがたの記録を読みなさい。今日こそは、あなた自身が自分の清算者である』


誰でも導かれる者は、只自分の魂を益するために導かれ、また誰でも迷う者は、只自分を損なうために迷う。重荷を負う者は、他人の重荷を負うことは出来ない。われは(警告のため)一人の使徒を遣わさない限り決して懲罰を下さない 。

 

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