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FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2003年12月12日
テーマ:礼拝の重要性
ムスリムの皆様。
私たちが信仰するイスラームの教えにおいて、信仰の次に大切なもの、最も大きい義務であるイバーダが、礼拝です。
アッラーの使徒(SAV)は、「イスラームは五つの基本の上に成り立っている。アッラーの外に神がいないこと、聖ムハンマドがアッラーのしもべであり、みつかいであることを証言すること、礼拝を行うこと、ザカートを施すこと、巡礼を行うこと、斎戒を行うことである。」とおっしゃられています。
偉大なるアッラーは、アル・バカラ章第2・3・4節において「それこそは、疑いの余地のない啓典である。その中には、主を畏れる者たちへの導きがある。主を畏れる者たちとは、幽玄界を信じ、礼拝の務めを守り、またわれが授けたものを施す者、またわれがあなた(ムハンマド)に啓示したもの、またあなた以前(の預言者たち)に啓示したものを信じ、また来世を堅く信じる者たちである。」と語られています。
またアル・アンファール章第2・3・4節では
「信者は、アッラーのことに話が進んだ時、胸が(畏敬の念で)戦く者たちで、かれらに印が読誦されるのを聞いて信心を深め、主に信頼する者たち、礼拝の務めを守り、われが授けたものを(施しに)使う者たち、これらの者こそ真の信者である。かれらには主の御許にいくつも段階があり、寛容と栄養ある給養を与えられる。」と啓示されています。
ムスリムの皆様。
アッラーがこれほどに恵みや無尽蔵の糧を与えて下さっているイバーダの、筆頭にくるこの礼拝は、審判の日に最初に尋問されるイバーダでもあります。
アッラーの使徒(SAV)は、「しもべが審判の日に、最初に問われる崇拝行為は礼拝である。もし礼拝がきちんとしたものとされれば、その人は平安を得、救われたのである。もし不備とされれば、その人は失ってしまたのである。」とおっしゃられておられます。ただ、しもべがファルドの礼拝をきちんとしなかった場合にアッラーがどうおっしゃられるかということについて、アッラーの使徒(SAV)が次のようにおっしゃられています。
「しもべのナーフィラ(義務でない)礼拝が行われていたかを見て、ナーフィラの礼拝によってファルドの不足分を補いなさい。他の重要なイバーダについても同様である。」
ムスリムの皆様。
慈悲深きアッラーのお慶び、ご満悦、慈しみ、憐れみを得ることのできる礼拝というイバーダは、アッラーの使徒(SAV)の愛情と、審判の日にご自身と共にいることができる要因ともなる、偉大なイバーダです。アッラーの使徒(SAV)は次のように語っておられます。
預言者はある時、マディーナの墓地に来られ、「信仰する民の地よ。あなたがたに平安があるように。こんど、われわれもあなたがたに加わるだろう。わが兄弟たちを見たいものだった」といわれました。教友たちが、
「アッラーの使徒よ、私たちはあなたの兄弟ではないですか。」というと、預言者ムハンマド(SAV)は、「あなたがたは私の教友だ。私の兄弟というのは、まだ来てはいない人々のことだ。」といわれました。教友たちは
「まだ訪れていないウンマをどうやって知ることができるのですか。」と尋ねました。アッラーの使徒(SAV)は、
「全体が同じ色の馬たちの中で、額と足が白い馬がいれば、それは見分けられないだろうか?」といわれました。教友たちもその通りだと答え、預言者ムハンマド(SAV)は、「だから、我々の兄弟たちは、その顔や足がウドゥーによる光で輝いた状態でここへやってくるだろう。私は、かれらよりも先に行って、貯水池のそばでかれらを待つだろう。」といわれたのでした。
 
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