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FRIDAY KHUTBA OF TOKYO CAMII
2003年11月25日
テーマ:イード・ル・フィトル
親愛なるムスリムの皆様。
慈悲と恵みの月、ラマダーン月は昨日のイフタールで終了しました。今日は断食明けの大祭(イード)です。この日を無事に迎えられたことをアッラーに感謝いたします。アッラーの偉大な恵みであるイードは、その特性、その素晴らしさにより、特別な日であります。それは喜びであり、楽しみであり、一体となることであり、貧窮者を喜ばせることなのです。
私たちは信じつつ、またその報奨を願いつつ、ラマダーン月をとおして斎戒を行い、しもべとしての帰依を明らかにしてきました。イフタールの食卓を共にし、タラーウィーの礼拝を行い、クルアーンを朗誦してきました。喜捨を行うことによって人々を喜ばせてきました。そして、本日イードを迎えることができました。断食明けのイードが、私たち皆に、イスラーム世界に価値をもたらすこと、そして凡ての人々にアッラーへのお導きと平和をもたらすことを、偉大なるアッラーより乞い、願います。
ムスリムの皆様。
イバーダや善行がアッラーによって最も承認をうけるラマダーン月において、私たちはアッラーに対するしもべとしての義務を果たすべく努めてきました。私たちの意思を強くさせ、よくない願いや欲望の源である自我を鍛錬するものである斎戒を行うことに努めました。しもべであることを自覚することによって、精神や思考を悪から遠ざけるべく、アッラーに祈りつつ赦しを求めました。
至高章(アル・アアラー章)第14節から17節において、アッラーは、「だが自ら清めた者は必ず栄え、かれの主の御名を唱念し、礼拝を守る。いや、あなたがたは現世の生活の方を好む。来世が優れ、またもっと永遠なものであるのに。」と語られています。
ムスリムの皆様。
イードは宗教的な喜びの日であると同時に、社会的な互助や協力を発展させる大切な日でもあります。なぜならムスリムは、ラマダーン月をとおしてザカートやフィトルのサダカを行うことによって貧窮者を喜ばせ、共に喜びのうちにイードを祝うからです。
ムスリムの皆様。
イスラームは、アッラーにしもべとして帰依すること、イバーダを行うことと共に、愛情、平和、友情、兄弟愛、一体化、協力という基本にも重きをおき、それに繰り返し触れている教えであります。部屋章(フジュラート章)第10節においてアッラーは「信者たちは兄弟である。」と語られ、またイムラーン家章第103節においては
「あなたがたはアッラーの絆に皆でしっかりと縋り、分裂してはならない。」とされておられます。アッラーの使徒(SAV)も、「信者は互いに愛し、慈悲を持って接し、お互いを守ることにおいてはひとつの体のようでなければならない。」とおっしゃられておられます。
ムスリムの皆様。
認識しなければいけないことは、一体化と協力関係においてこそ慈しみと平安があり、別離には災いがあるということです。だから、一体化と協力関係、イスラームにおける意味での兄弟愛を守り、よい例を示すべきなのです。お互いを蔑視してはならず、愛し、愛されるようにしなければならないのです。
それと共に、ラマダーン月に獲得してきたよい習慣を続けるようにしなければなりません。そして決して忘れてはならないことは、現世ははかないものであり、来世こそ永遠なものである、ということです。再度イードを祝福し、善をもたらすものとなることをアッラーに乞い願っております。
 
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