イスラーム勉強シリーズ

 

 ご病気の方々へのメッセージ

 

第20番めの薬


ああ、その苦しみのために方策を求めている患い人よ。病気は、二つに区分することができる。一つは真実のものであり、もう一つは被害妄想である。真実の病に対しては、英知と偉大さによって健康を与えられるお方アッラーがこの世を巨大な薬局とされ、全ての苦しみに対して治癒策を備えられておられる。全ての苦しみに、それぞれに適した方策を備えられたのである。治療のために薬を用いることはイスラームの教えに適したことである。しかしその効果と健康はアッラーからもたらされたものだと認識することが必要である。薬を与えられたように健康をも、アッラーはお与えになる。


殊に、、信心深い医師の薦めに従うことも、重要な薬となる。なぜなら多くの病気は、間違った使い方や摂生のなさ、浪費、過ちによって、さらには道楽や不注意さから起こるものである。信心深い医師は、当然教えに適した形で忠告を行い、支える。病の原因になるようなこれらの要因を禁止し、また慰めを与える。病人はその支えや慰めに信頼を置き、病を軽減させる。苦しみではなく、心地よさを与えるのである。


しかし妄想の病に関しては、そのための最良の薬はそのことに重きを置かないことである。重きを置けば置くだけその病は大きくなり、膨らむ。気にしないようになると小さくなり、散ってしまう。蜂の群れとやりあえばやりあうだけ蜂は人を襲ってくるが、かかわりを持たなければ蜂も散っていってしまうのと同様である。さらには、暗闇の中で目の前で揺れるひもからもたらされる妄想も、重きを置くに従って大きくなる。重きを置かなければ、そのありきたりのひもが蛇ではないことに気づき、自分があわてたことに笑うだろう。


この妄想からくる病は、もし長く続けば真実の病に変ってしまい得る。怖がりであること、神経質であることは人にとって悪い病気である。物事を大げさに見せる。精神的な力をつぶしてしまう。


特に、無慈悲な半人前の医師、あるいは良心のない医師などに出くわしてしまった場合、妄想はさらに勢いを増す。金持ちであれば財産を使い果たすことになってしまい、そうでなければ理性が失われてしまうか、健康が害されるかのどちらかである。
 

 

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