聖クルアーンと科学

 

 水の結晶の秘密

 
祖父は、かなりの知識を得ている人物であると私は信じている。その彼がかつて、聖フズルについて語っていた折、話題が水の神秘のことに至った。彼はただ「水はどれほどの神秘をもつか、いつかあんたたちが学べることができればな。」といい、その話題を終わらせてしまったのであった。


私はアッラーの唯一性の論拠に関して研究を行った際、水の化学的構造と物理的な変化に関する分野を驚嘆のうちに学び、神のなされた偉業に感じ入ったものである。ベディウッザマン師も、4つの基本要素のうちの一つである水が、崇高な存在であることを語っておられる。


日本の江本勝教授は、70以上の水の結晶の写真を載せた氷結結晶写真集「水からの伝言」の中で、次のように述べている。「水は、無機質な存在ではない。意識をうつし込む力をもった結晶で構成されている。水は、周囲の肯定的、あるいは否定的な状況を感じ、それに応じた反応を見せる。」


江本教授が水の特質に関して行った研究によって明らかにされた事実は、新しい時代への扉を開くものとなったのである。


江本教授が3年前、顕微鏡を用いて取り組んだ実験で、氷結結晶は周囲の状態に対して、さまざまに形状を変化させるという形で反応していることが発見された。このときの実験からは、水の結晶は周囲の状況のみではなく、音楽や言葉、概念などにも反応するということが示された。


2002年7月にベルリン工業大学で行われた講演会で、教授は、水の結晶がそれぞれいかに異なる形で形成されているか、いかに魅力的な形でできているかということに加え、清らかな山の湧き水が透明で整った結晶を包含していることを明らかにした。更には、生徒たちに、水に呼びかけさせ、水の結晶が見せる反応を彼ら自身の目の前で示したのである。


教授は12年かけた研究によって、水が単に状況のよしあしや音楽、言葉だけではなく、感情や意識を移しこむことができるということを明らかにした。

 

氷結結晶の写真に見ることのできる、水からの伝言はわかりやすいものである。愛情や感謝の情といった感情は、その構成にとって受け入れられるものとなる。すなわち愛や感謝の情は、その真髄となる。


水が愛情や調和に満ちた言葉や音楽に触れると、それに比例する形で結晶の六角形も形よいものとなる。例えば、そばで「悪魔悪魔」と唱えられながら撮影された写真では、水の結晶が崩れた形になっている。美しい言葉で祈りを捧げながらのものでは、澄み切った美しい六角形の結晶が現れる。江本教授はこの研究によって、目には見えない霊的な世界が存在することも示したのである。


教授はその研究で、水は、記憶力や知性といったものを備えた存在ではないが、この世界の言葉や真の愛情の波動を反映するものであると証明した。例えば、二つの瓶の中に煮えた米を入れ、その一方に「ありがとう」もう片方に「ばかやろう」と書く。一ヶ月の間これらの瓶にはそれぞれの言葉が繰り返し投げかけられる。結果は非常に興味深いものである。「ばかやろう」と言われ続けた瓶の中では米が黒く変色し、瓶からも悪臭が立ち上る。もう片方の瓶では米は白いままであり、気持ちのいい香りが広がる。


これらは、よい言葉、悪い言葉が水や米に対しても影響を与え得ることを示すものである。


だから私たちは神の恵みに対し、常にそれを意識し、感謝することを忘れないようにしなければならない。特に、「神の御名において」ということ、感謝することは重要である。


まず、語られる言葉がある。それは微細な存在の波動によって現れる音という形になり、それからまた、意味をもつものとなる。水はこのような波動を最も明らかな形で反映することのできる物質である。


水の結晶の形は、世界のあり方をも示している。例えば、ベルリンやロンドン、パリなどの水道水の、崩れた形の結晶に対して、澄んだ泉の水は美的な、非常に繊細なデザインの六角形を作り出す。その幾何学的な造形は、この自然界の全ての生物の基礎をなすものである。


ヘビメタのような音楽や、のろいの言葉を投げかけられていた水の結晶は、分裂し、分散し、本来の結晶は何千もに分けられてしまっている。


私たちの体の70パーセントが水でできていることを考えると、私たちも他の人たちとの調和や、自然に対する愛情注意を払うべきであることは明らかである。


江本教授は、水の結晶に関する研究において二つの事項が大きな役割を持ったことを語る。一つは、アメリカにおいて12年前、共鳴磁場分析器・MRAという装置に出会ったことである。この装置のおかげで、液状の、または生きた器官の波動を測定することができる。もう一つは、雪の結晶が、どれ一つとして他の結晶とは同じでないことを書物で知ったことであった。雪も水からできるものなのだから、水の結晶も一つ一つ異なっているのかもしれないと気づいたという。


「水からの伝言」という本において水をさまざまな角度から語っている教授は、その研究を科学を基礎として行いながらも、宗教的な部分を無視しているわけではない。「21世紀の最も重要な出来事は、科学文明と宗教との新たな出会いであると私は考える。もし、宗教というものがなければ人間は愚行に走り、近代文明が発達することもなかったはずだ。」と教授は語っている。


江本教授は、水の結晶の研究から得た知識によって地震の予知ができるであろうとしている。その為に、まず地震が起こった地域の水の結晶を即座に調べ、水がそれに与えた影響を観察しなければならない。それから、コンピューター制御の顕微鏡によって、その地域の水の結晶を追跡していく必要がある。なぜなら地震が起きる地域の、地中での変化は短期間ではなく何日も、更には何週間もかけて現れるものであるからである。そして、その変化を、その地域の水の結晶を追跡することで、把握することができると教授は語る。


水の結晶は以下のようにして撮影することが可能となる。まず、水をマイナス20度で凍結させる。その後温度がマイナス5度になると結晶が現れ始める。5ミリの大きさの氷の粒に、25ミクロン、すなわち0,025ミリの結晶が生じる。その為これを200回成長させる必要があり、その際には一切の振動を与えてはいけない。結晶は50〜60ミリになり、温度が0度に上がるまで、それを観察することができるのである。


こういった科学的事実から、私たちは神の恵みに対する振る舞いを学ばなければならない。例えば食事の前に「神の御名において」といい、食後には感謝をし、この驚くべき恵みを与えてくださった神の恩恵について考えることが必要なのである。


参考: http://www.hado.com/LABO/mizu-kao%202002-2.htm

 

 

聖クルアーンと科学へ戻る

 

 

前のページへ

次のページへ