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クルアーンの主な目的は創造者を人類に知らせ、地球と天に見せられるすべてのものを通して神の存在を確言し、人間を信念と崇拝の道に導き、それで人々がこの世界と来世での本当の幸福を達成するよう個人や共同の生活を整理することです。クルアーンが様々な問題に言及する理由はこの目的だけのためであり、その詳細もその目的を達成できる範囲内で述べられています。さらに、この目的のためにクルアーンは特別な方法と順序で事柄を明らかにしているため、その方法に気づかない人達は、探しているものを見けだすこともできないし、結果的に失望してしまうかも知れません。
クルアーンは、創造者と人間の関係を保つため、人生すべての歩みを通して成功、名誉または永遠の幸福を達成することができるように啓示されたもので、必然的にすべてを包括しています。これは異なる局面について書かれた無数の本と論評から確証することができます。クルアーンのアラビア語による雄弁さと完璧なスタイルは、各世紀の最も偉大な文学者達によって立証され、アラビア語だけではなくイスラーム教徒によって広く使われている他の言語でも、クルアーンはその素晴らしさで彼らに影響を与えました。クルアーンの指導の下、人間や物質の世界を勉強した学者は、出来事や物の真の性質を調査し理解することが可能でした。またクルアーンの知恵を通して、心理学者と社会学者が個人や集合的に最も困難な問題を解決することにも成功しました。道徳家と教育者は、常に無限の資源として未来の世代の教育を求めクルアーンに目を向けました。実に、このような限られた場所でクルアーンの美徳から人類に生じた多くの利益を語ることは不可能です。
今日、クルアーンの内容について話をする際、
多くの人々、特に若者達に興味のあるのは、この本にある科学的、技術的事柄で、またそれが現在の科学にどういったかたちで関連しているのかということです。
このことについて今まで多数の本が書かれてきました。そしてそれらは科学的な知識の進歩にクルアーン的真実を関連づけようとするものでした。これらの本の多くはもちろん、その時代の文化や科学によって影響を与えられており、これらの論評の上に費やされた配慮や苦悩があったにもかかわらず、人々は疑いを感じたり、凝り過ぎやこじつけであることに気づきました。特に、クルアーン的真実を特定の仮説(科学的な真実が本当に確立される前に多かれ少なかれそれを受け入れること)に対応させる努力はゆがみ、間違って提示され、クルアーンを軽視しさえするように思われます。実際には、クルアーンの科学的事実はモハメド(彼の上に平安あれ)に啓示をもたらした大天使ガブリエルにとっても、その数世紀後にクルアーンに思いを巡らす山の羊飼いにとっても理解できるほどの明確なスタイルで表現されているのです。クルアーンを正確に読む人たちは、それぞれのレベルによって異なった経験を持っていること以外、クルアーンの中での神の目的を同等に理解することができます。
従って、クルアーンを説明するとき、客観的であること、そして神の啓示の精密さや完全さと明確さに忠実でいることを必要とします。また、ある特定の現象とクルアーン外の専門家用語を使ってクルアーンを解釈するのではなく、逆にそれらの現象と専門家用語はクルアーン的見方で解釈されるべきです。言うまでもなく、クルアーンの節はアラビア語の言葉と構造の素晴らしいニュアンスの十分な知識を通して、またその節が啓示された時の状況を適切に知ることによって最も良く理解できるのです。これらの理由から、預言者(彼の上に平安あれ)の仲間達や彼らの後継者(仲間達の後世代)、また初期の論評者達(例えばイブンジャリル)のクルアーンの理解と解釈は最も信頼性が高く、予想通り確定された科学的真実と最も一致しています。それと対照して、後世の論評はいっそう哲学的に緻密で奥深いように見えるけれど、こじつけで精巧過ぎたりと科学が今までに確証してきたことと一致していません。
ここでこの議論を説明するためにクルアーンからいくつかの例を挙げたいと思います。
1番目の例
世界の始まる前から終わりを超越し、全てを見て知っておられる創造者は、未来が知識と情報の時代になるがゆえに、結果として未来が信念と信仰の時代になるだろうという事実に私達の注意を引いています。
われは,わが印が真理であることが,かれらに明白になるまで,(遠い)空の彼方において,またかれら自身の中において(示す)。本当にあなたがたの主は,凡てのことの立証者であられる。そのことだけでも十分ではないか。(フッスィラ章、41.53)。
イスラーム教のまさに初期の時代から、スーフィ達はこのクルアーンの一節を受け入れ、首尾一貫して、この節は彼らが得ようと努力した精神的な賢明さの保証と印であると述べました。しかしもしこの節が、啓示された時からどれだけ科学的知識が進歩したかという観点から読まれるならば、(イスラーム教学者とイスラーム科学者によって始められ進められた進歩)この節の単なる事実は奇跡のように見えてくるのです。
小宇宙と大宇宙の本質と相互関係がさらに明らかにされ、良く理解されるようになるにつれて、人間の考えと研究のコンパスの中に横たわるすべてが創造者の統一性を確認しないわけにはいきません。この点について何百という本が入手可能になるとき、私達は過去、神によって明らかにされたことが提供されるのは近いということの証人となるでしょう。
今でさえ、私達は自然界の無数の舌を通して神の証言と賛美を聞き、理解することが可能であるべきだと感じています。
7つの天と大地,またその間にある凡てのものは,かれを讃える。何ものも,かれを讃えて唱念しないものはない。だがあなたがたは,それらが如何に唱念しているかを理解しない。本当にかれは忍耐強く寛容であられる。夜の旅
(アル・イスラー) 17.44
私達はこの節の意味するところは無視できないと理解しています。最も小さい原子から最も大きい星雲までもが唯一の神に服従し賛美している、という事を独自の言葉で私達に話しかけているのです。しかしながら、神へのこの普遍的な賛美を聞き理解することができる人々は極少数しかありません。そして同じく、地球全体の人々にこの賛美を聞く気にさせるであろう誠実なイスラーム教徒は散らされ、虚弱な数しかいません。
2番目の例
クルアーンが子宮内の胎児の形成と発達上の段階について明らかにすることには目をみはるものがあります。
「人びとよ,あなたがたは復活に就いて疑うのか。われがあなたがたを創るさいには先ず土から始め,次いで精液の一滴,次いで血の固まりとし,更に形をなした。また形をなさない肉魂から(あなたがたを創った)。あなたがたに(わが偉力を)明示するためである。」巡礼
(アル・ハッジ)22.5
もう1つの節で、胎児の発達がさらに詳しく説明され、明確な発達段階がいっそう明らかに強調されています。
「われは泥の精髄から人間を創った。次に,われはかれを精液の一滴として,堅固な住みかに納めた。それからわれは,その精滴を一つの血の塊に創り,次にその塊から肉塊を創り,次いでその肉塊から骨を創り,次に肉でその骨を覆い,それからかれを外の生命体に創り上げた。ああ,何と素晴しいアッラー,最も優れた創造者であられる。」信者たち
(アル・ムウミヌーン)23.12−14
「かれはあなたがたを母の胎内に創られ,3つの暗黒の中において,創造につぐ創造をなされた。」集団 (アッ・ズマル)39.6
3番目の例
クルアーンがミルクとその分泌過程について述べたこともまた、ミルク自体と同じく見事なものであり、それを理解することは私達の利益となるでしょう。
「また家畜にもあなたがたへの教訓がある。われはその腹の中の雑物と血液の間から,あなたがたに飲料を与える。(その)乳は飲む者にとり,清らかであり(喉に)快適である。」蜜蜂
(アン・ナフル)16.66
クルアーンはその過程を詳しく述べています。食物として摂取されたものの部分消化とその吸収されかた、また2番目の過程と腺の中での精製です。ミルクは人間のために健全で、快い飲み物でありながら、それは分泌物にすぎません。身体の組織が無用として排泄したものと身体の中で循環している貴重な血流の間での分泌物です。
4番目の例
クルアーンは自然の中のすべてのものは対で作られたことを明らかにしました。
「かれの栄光を讃える。かれは大地に生えるもの,かれら自身も,またかれらの知らないものも,凡て雌雄に創られた方である。」ヤー・スィーン36.36
すべてのものはペア(対)になっており、ペアか対照物を持つすべてのものは、2つがまったく逆かあるいは補足するかたちになっています。人間、動物、また特定の植物の性的補足性については長い間知られていました。しかし「知識を持っていないすべてのもの」のペアはどうでしょうか?これは生命があるか無いかに関わらず、全ての存在に言及するかもしれません。生命のある、あるいは生命のない物体の自然の微妙な力と原則の中には、多くの種類のペアがあります。すべてのものは、原子から雲まで、私達の近代的な器械で確証することができるように、実際にペアになっています。
5番目の例
クルアーンはそれ特有の慣用句で、世界とそこに生けるものの創造を物語っています。
「信仰しない者たちは分らないのか。天と地は,一緒に合わさっていたが,われはそれを分けた。そして水から一切の生きものを創ったのである。かれらはそれでも信仰しないのか。」預言者
(アル・アンビヤーゥ)21.30
クルアーンでの物語は明白で、創造での主要な物質がエーテルあるいは大きい雲、巨大な星雲、熱いガスあるいは他の何かである、と吹聴される仮説とは混同されるべきではありません。クルアーンはすべての生けるものは水から作られたと説明しています。クルアーンはこの特別な命の源が、ガスと蒸気の結果として生じたのか(最初に地球からふくれ上がり、凝結して雨となり、それが海を形成して命の形成に適切な環境とコンディションを作った)、あるいはそれが何か他の方法で生じたのかについては関わりがありません。クルアーンの節では明示的に間違い無く、宇宙を創造の一つの奇跡として提示しています。宇宙にあるすべてがその奇跡に無くてはならない存在であって、それぞれにその証拠があるのです。巨大な木の木の葉は、それぞれが異なっていても同じ根につながっています。これと同様に、全ては相互につながりがあるのです。この節では、もちろん、たいていの生ける組織体の4分の3を構成する水の活力と重要性を強調しています。
6番目の例
太陽は創造において特別で重要な位置にあります。
クルアーンでは、この最も重要な局面を、完全な意味が容易に表現できない4つの単語で明らかにしてます。
「また太陽は,規則正しく運行する。これも全能全知な御方の摂理である。」ヤー・スィーン36.38
実際、ムスタカールの意味はここで、宇宙での決められたルート、あるいは居場所、ある時間内のルートととることができます。太陽は前もって決定されたコースを回るだけでなく、宇宙のある一点をめがけて動いています。太陽系(太陽とそれに依存している惑星と衛星)は、今日私達が知っているように、ほとんど想像も及ばないスピードで星座リラに向かっています。(一秒ごとに10マイル、1日に百万マイル、星座リラに近づいている)そして太陽が指定された仕事を終えた後、神からの命令により停止するという事実にも興味深いものがあります。
クルアーンはこのように豊かに多くの真実を数少ない単語で表現しています。クルアーンは14世紀前、一般的に太陽が地球の周りを巡回していると信じられていた時代に啓示されたにもかかわらず、多くの漠然としたものをたった4つの単語で明らかにしているのです。
7番目の例
クルアーンの意味深く表現豊かなもう一つの発言は、宇宙が拡大していることについてです。ここでもまた、わずか4つのアラビア語の単語が使われています。「われは偉力をもって天を打ち建て,果しない広がりにした。またわれは大地を打ち広げた。何と見事に広げたことよ。」撤き散らすもの
(アッ・ザーリヤート)51.47−48
この節では、天体の間の距離(空間)が伸びている、すなわち宇宙が拡大していることを明らかにしています。1922年に天文学者ハッブルは、地球に最も近い5つ以外のすべての銀河系が、地球からの距離に比例したスピードで外空間へと移動していると主張しました。ハッブルによると、百万光年離れた銀河系はー年に168kmのスピード、そして2百万光年離れたのはその2倍のスピードで地球から離れています。ベルギーの数学者兼牧師であるLe
Maitreは、その後に宇宙が拡大しているという理論を提案しました。人間がこの現実をどの方法で表現しようとも、(ハッブルの係数を使うにせよ、あるいは将来別の誰かのを使うにせよ)神の啓示はこの現実を間違えなく明らかにしています。
8番目の例
クルアーンの中には私達が目にすることのできない動き(物理の法則)、例えば引力、反発作用、天体の自転や公転などについて述べられています。
「アッラーこそは,あなたがたには見える柱もなくて,諸天を掲げられた方である。」雷電 (アッ・ラアド)13.2
天体は(個別の衛星から太陽系全体まで)、順序、バランス、調和のなかで動いています。それらは目に見えない柱によって順序通りに固定され、支えられています。この「柱」のいくつかは反発力または遠心力です。
「あなたは見ないのか。アッラーは地上の凡てのものをあなたがたに従わせ,かれの命令によって,船を海上に走らせられる。また天をかれの御許しなく地上に落ちないよう支えられる。本当にアッラーは人間に,優しく慈悲を垂れられる御方である。」巡礼
(アル・ハッジ)22.65
この節から、神が許す限り、いかなる瞬間においても天体が地球上に崩れ落ちるということを理解することができます。これは宇宙全体が神の言葉に服従しているという例の一つであり、この神の言葉とは現代科学の言語で、求心力、遠心性バランスと説明されています。ここでとても重要なことは、ニュートンやアインシュタインの機械的、数学的用語などでいう服従よりも、宇宙が神に服従しているということ、そして神のお慈悲によって宇宙の確かな動きが保たれているということなのです。
9番目の例
何人かの解説者が、クルアーンの中で、かつては遠い可能性だった月への旅行について述べているのではないかと考えた節があります。
「また満ちたる月にかけて(誓う)。あなたがたは,必ず一層から他層に登るであろう。」割れる (アル・インシカーク)84.18−19
昔の解説者はこの節で大きく違った解釈をしていました。彼らは、1つの段階から次の段階へ、1つの天国から次の天国へ上昇すると考えられた人間の精神的な生活の比喩であるとみていました。(日本語のクルアーンはこの解釈に基づき訳されているが、英語訳ではtravel
from stage to stage、
すなわち旅行と言う単語が使われている)他の人達は、一般的にある状態から次の状態へと変化することであると解釈しました。時間が経過していく中で、後期のクルアーン解説者達は回り道をして意味を説明しようと試みました。なぜなら、節の文字通りの意味、すなわちこれほどの距離を実際に旅行することは彼らの常識と合致しなかったためです。けれども事実、文字どおりか比喩的にかにかかわらず、宣誓(月によって!)の後に続く言葉の適切な意味は、月への旅行そのものです。
10番目の例
地球の地形と地形の変化におけるクルアーンの言葉にも特に興味深いものがあります。
「それなのに,われはこれらの者やその祖先たちを享楽させ,その期限まで永らえさせた。われがこの(不信心者の)地に来て,その隅々から征服しているのを見ないのか。それでもかれらは勝利者なのか。」預言者
(アル・アンビヤーゥ)21.44
(日本語訳では征服しているとあるがこれは意訳で、英語の直訳では縮むとある)境界が縮んでいることの言及は、風と雨による山の侵食でも海辺の侵食でも、あるいは人間による砂漠でもなく、現在知られる事実である極地での地球の圧縮に関連していることが解りました。
人々が一般に地球は平らで動かないと信じていたとき、
クルアーンはいくつかの節で、明示的にそして暗黙のうちにそれが丸いことを明らかにしました。また予期せぬことに、地球は球体と言うよりはむしろダチョウの卵のようであるとも述べられています。
「その後,大地を延べ広げられた。そこから水と牧場を現われさせ」 引き離すもの (アン・ナーズィアート)79.30−32
アラビア語の動詞 dahaは「卵のような形にする」と言う意味で、現在でも使われていて卵を意味する名詞の dahia
に由来しています。当時、この科学的事実は感覚的な印象と食い違っていたため、何人かの解釈者はこの言葉の意味を「引き伸ばされた」と間違って解釈していました。恐らく文字通りの意味が難しくて理解できないかも知れないことを恐れたためでしょう。もちろん、近代的な技術によって地球は完璧な球形であるよりむしろ卵のようであるということが確証されました。極地ではやや平らで、赤道の周りではやや曲線をえがいています。
11番目の例
最後の例として、クルアーンが太陽と月について何を述べているかを考えます。
「われは夜と昼の2つの印を設け,夜の印を暗くした。だが昼の印は明るくして,あなたがたに(働いて)主の恩恵を祈らせ,また年数を知り,(暦法を)計算させる。われは凡てのことを詳細に説き明かした。」夜の旅
(アル・イスラー)17.12
イブンアバスによれば、夜のしるしは月のことをいい、昼のしるしは太陽であるといいます。ですから「夜の印を暗くした」という言葉から、太陽のように月もかつて光を放射していたと理解することができます。また神が月からその光を取り除きそれを暗させたか、あるいは不明瞭にしたと理解することができます。
この節が月の過去を物語ると同時に、他の天体の未来の運命をも示しています。
このほかにも、クルアーンの中には私達が現在、科学的事実と呼ぶものと関係のある節が数多くあります。このような節の存在は、人間の知識探求が創造者によって与えられる慈悲の一部であることを示しています。実に、神の慈悲は数あるクルアーンの名前の一つであり、クルアーンの含む真実と知識は人間が心にとめておくもので、それを語ろうという限界を超えているのです。しかしここで覚えておかなくてはならない事は、クルアーンが多くの科学的真実について言及しているからといって、科学の本あるいは科学的な説明本として読まれてはならないという事です。むしろそれは私達が神の慈悲と許しに値するように、人類に正しい信仰と正しい行動への道を教える指導本として信者に理解されてきました。科学や他の知識の追求するとき、それを促し、支えるためにクルアーンを考慮に入れて行われることを保証するのはイスラーム教徒達の責任です。そしてこれは、横柄と傲慢さと高慢さの精神(不信仰者の方法、あるいは心を乱し、人間と神が見捨てるまで私達が一時的に居住し信頼している地球の荒廃に導く精神)で保証されてはならないのです。
クルアーンを読み、クルアーンを人類の利益のため正しく解釈し、又人類をこの世と来世での高潔と幸福へ導く誠実で公正なイスラーム共同体を神が祝福してくださるようお祈りしたいと思います。
 
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