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物事を正しく知るためには心を開くことが大切である。アッラーを知る場合も然りである。クルアーンには何度もアッラーが我々に下されている印について書かれているが、心の眼で見ようとしない者、聴こうとしない者、心が閉ざされている者にはその真理の光が理解できない、ということも書かれている。
私自身も体験上そうだった。
私がいまムスリムとして生きているのも、アッラーの導きを感じる。今までの人生のどの出来事も必要不可欠なことで、そのうちの一つでも欠ければ今の私にはつながらなくなっていただろう。イスラームへの導きの過程も見えない糸で引っぱられているようである。
ムスリムになるに当たって何人かのムスリムとの出会いがあった。
私はムスリムになる前に某イスラーム機関でアラビア語を習っていた。あるときその先生と信仰について話す機会があった。当時私はキリスト教徒で、はじめはイスラームに対する偏見や誤解があったが、イスラームについて知るにつれ、イスラームもよい宗教だなと惹かれつつあったが、それ以上に私は“神に仕えたい、神に近づきたい”という昔ながらの思いが強く、修道生活に憧れていた。先生に「イスラームに改宗しようかなと思ったこともありましたが、やはり私は修道生活への思いが強いので、キリスト教徒をやめることは出来ません」と自分の信仰への思いを伝えた。それに対し先生は「あなたの話からあなたの信仰と神への愛を感じました。あなたと私は同じ神を信じています。それだけで十分です。どうぞあなたはあなたの信仰を大事にしていってください」と仰られた。正直言って意外だった。
改宗しようかなと思ったこともあったと言ったので、もしかしたら「今すぐ改宗しなさい」と勧められるかなと内心思ったりした。もしあの時改宗を勧められたら私は引いてしまっただろう。そんな私の心を見透かしたのだろうか。先生は異教徒に対する突き放すような言い方ではなく、思いやりに満ちた態度でそう仰った。私の心はその言葉、先生の寛容な態度により、イスラームの方にグイッと一気に引きよせられた。
そしてクルアーンの読誦クラスにも通うようになった。その頃の私はイスラーム的には好ましくない格好をしていたが、一緒に学んでいたムスリマたちは誰もそれを咎める人はなく、私を受け入れてくれた。彼女たちのヒジャーブ姿は修道女を思わせるような清楚なイメージがあった。
またその頃、友人と結婚したパキスタン人が何度か自宅に招いてカレーをご馳走してくれた。そのときも信仰の話になり、私はキリスト教の話、彼はイスラームの話をしていたが、彼も「あなたは同じ神を信じる仲間だ。同じ神を信じているから話が合いますね」とキリスト教徒である私を受け入れてくれた。
もし彼らが私を異教徒として避けたり、批判したり、冷たい態度をとっていたら私は決してイスラームに興味も持たなかっただろうし、近づこうとも思わなかったことだろう。私は彼らのようなムスリムの寛容さに惹かれてイスラームに心を開いた。そして主人との出会いがあり、改宗に至った。イスラームを知るようになって4年目のことだった。
改宗の際、アラビア語の先生が私のためにいくつかのムスリマ名を考えてくださり、それぞれの意味の説明してくださった。その中で私は“ハニーファ”を選んだ。それはクルアーンの中でイブラヒームの信仰を指して度々使われている“純正な信仰者”という意味である。私は「わたしたちとあなたがたとの共通の言葉の下に来なさい」という3章(イムラーン家章)64節から始まる啓典の民への呼びかけの部分が気に入っていた。その67節に「イブラヒームはユダヤ教徒でもキリスト教徒でもなかった。
しかしかれは純正なムスリム(※唯一の神アッラーに服従帰依する者の意味)であり、多神教徒の仲間ではなかったのである」と書かれており、この“純正な”のアラビア語が“ハニーファ”(女性形)である。この名前を選んだ理由は、アッラーの真理の教えはもともと一つであり、今はアッラーの教えがユダヤ教、キリスト教、イスラム教とあたかも別々の宗教のように思われているが、分派化される以前のただ一つの真理であるアッラーの教えに戻りたいと思ったからだ。私にとってムスリムになるというのはアッラーへの回帰であった。
聖書のメッセージを一言で表わすならば、「あなたの主である神に立ち帰れ!」ということだと私は理解していた。イエスが第一の掟にあげた「主なるわたしたちの神は、ただひとりの主である。心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ」(マルコ12章29-30節、申命記6章4-5節参照)ととらえていた。そしてこのメッセージはクルアーンの中にもあった。クルアーンが同じ神の啓示であることを私は認めた。全身全霊でアッラーを愛する、アッラーに服従帰依する者こそがまさにムスリムなのだ。
クルアーンには究極の唯一神信仰(タウヒード)について書かれている。不可解な三位一体説はない。“ただ唯一の神アッラーだけに仕えよ”という明快さがある。
私はキリスト教徒ではあったが、どうしてもイエスの贖罪の意味が実感できず、三位一体説にも疑問を感じていた。私の信仰が弱いためなのだと思い「どうか私の信仰を深めてください。これらの真理を私に実感させてください」と神によく祈っていたものだった。そんな時にクルアーンの112章(純正章)「かれはアッラー、唯一なる御方であられる。アッラーは自存され、御産みなされないし、御産れになられたのではない、かれに比べ得る何ものもない」を読んだ。すっきりした。これこそ私の信仰、真理だと感じた。アッラーのお導きに感謝する。アルハムドリッラー。
しかし、改宗してからの私のイスラームの信仰は順調ではなかった。アッラーは私に度々信仰上の試練を与えた。これからもそうかもしれない。しかし私は今、その試練に感謝している。なぜならその試練を通して私の信仰はより深まり、アッラーを求める思いも強くなり、アッラーの導きに感謝し悔悟してアッラーの許に帰るたびにアッラーをより近くに感じられるようになったのだから。以前はもしかしたら神はいないかも知れないと思うこともあったが、今は神の存在を疑うことはない。私の身に起こったいろいろな出来事を通して、私は身をもってアッラーの存在を感じている。信仰を確立するために私にはそれらの試練が必要なことだったのだと理解している。
改宗と同時に結婚し、主人の仕事の関係でサウジアラビアに住んだ。サウジに行ったらクルアーンの暗誦クラスやイスラームの勉強会に参加したいと意気込んで行ったが、交通手段もなく、またすぐに2人の子供を妊娠出産したので時間的余裕もなかったし、結局その機会はなかった。サウジというイスラーム世界にいながら、イスラームのことを学べなかったことは今思えばとても残念だったと思う。
私はまだシャハーダしたばかりで、イスラームについてよく知らないままにサウジに行ったので、人の言うことに一喜一憂して、嫌な思いもした。時々モスクに行けば“ハラーム(禁忌)!”と連発する人がいたり、異教徒に対する排他的な態度、不寛容さを見るにつけ、最初に抱いていたイスラームのイメージとは大きく異なり、なんだか騙されたような気分になった。
特にかつてキリスト教徒だった私にとって、他人に向かってハラームを連発する人はイエスがもっとも嫌ったパリサイ派や律法学者の姿と重なり、嫌悪感すら感じた。外見はきちんと戒律を守っているけど、マナーが悪かったり、思いやりに欠けるムスリムたちを見るにつけ、しだいに私の心は閉ざされていった。心が閉じていると、嫌なことばかりが目につくようになるし、嫌なことばかりが起こる。今思えば、結局のところ私の自我(ナフス)に問題があり、私の心が閉じていたのが原因で、よい出会いもなかったのだろうが、ムスリムになってから数年間は、神への思いや内面の信仰を深めるような話を聞いたこともなかった。
私の心は満たされない気持だった。“あー、私は騙されたのだろうか?キリスト教のほうがよかった。イスラームは戒律ばかりで愛がない。イスラームには深いものがない、ただの形式主義ではないか”、と私のイスラームへの反発は強くなり、本気でイスラームをやめたいと思い、泣いて主人に訴えたこともあった。そんな時主人は「あなたはまだイスラームを知らない。ムスリムの行動を見て判断するのではなく、イスラームの教えそのものを見て判断してほしい」と言って、度々クルアーンやハディースの言葉を紹介し、それを読むように勧めた。主人がイスラームに精通している人でよかった。主人でなければきっと私はイスラームから離れていったかもしれない。そういう主人と出会わせてくれたアッラーの導きに感謝だ。
しかしその頃の私はそのたびにイスラームにもよい言葉はあるのかと思いとどまったが、傲慢にも私にとってはそれらの言葉は聖書の言葉と同じ内容だったので何ら新鮮さを感じず、また私の心は閉ざされていたので、クルアーンを読んでも嫌な言葉や疑問を感じる言葉にばかりひっかかり、あら探しをしているような読み方をしていたので、ただ字面を追っているだけでクルアーンの言葉が全然心に響かなかった。日本語訳のハディースは本棚にあったが、手にとって読もうという気になれなかった。
このようにイスラームに批判的で心が閉ざされている状態がしばらく続き、メッカにウムラにいった。改宗して3年目だった。本当にこのウムラはアッラーの恩寵であった。このウムラをきっかけに当時2歳だった長女が礼拝するようになり、また私の心にも変化があった。
カーバで世界中から集まったムスリムたちが一糸乱れず礼拝する姿を見て、またそこに自分も参加することによって、共同体としてのムスリムパワーを感じ、またアッラーを求める純粋さを感じた。彼らと共に礼拝する中で、私は自問自答した。
“私はここにいる資格があるのだろうか?私には彼らのような純粋な信仰がない。ムスリムとしてイスラームを生きていない。私はまだイスラームのことを何も知らない。それなのに表面的なことだけ見て嫌だと判断していた。私はまだイスラームを生きていない。まだムスリムとはいえない。何も知らないのに批判する資格はないな”と気づき、先ずはイスラームの教えそのものを知ろう、ムスリムとしてイスラームを受け入れて生きてみよう、その上でやっぱりここはおかしい、納得できないと思ったらその時批判しようと思うようになり、心を開いてイスラームを知ろう、イスラームを受け入れようと思うようになった。
結局の所、私の心を開いてくださったのはアッラーであり、アッラーのお恵みがあったからこそ、私も心を開こうと思うようになったのだ。アルハムドリッラー。
人間というのは気持の持ち方、心のありようで、本当に変るものだ。それまでクルアーンを読んでも疑問を感じる言葉にひっかかってばかりで、全然心に残らなかったが、心を開いてからは不思議なもので、クルアーンの言葉が素直に入ってきて、心に響く言葉にたくさん出会い、言葉が心に残るようになった。
ハディースを読んでみたら、“眼からウロコ”というより、“心からウロコ”という感じだった。もっと早くにハディースを読んでいればよかったと後悔した。
またサウジアラビアのイスラームの雰囲気など良い所もたくさん見つけられ、帰国する頃にはもっとサウジにいたい、あと20年ぐらいいてもいいな、と思うようになった。
「聞く耳のあるものは聞きなさい」ということばがある。耳はだれにでもついているが、その耳で何を聞いているかが大切なのだ。
審判の日、自分の耳がその聞いてきたことを証言する、自分の目がその見てきたことを証言する、自分の心がその思ってきたことを証言する。真理を全身で知る(感じる)ためには、(心の)眼が開かれていなければならない、(心の)耳が聴こうとしなければならない、心が開かれていなければならない。全身全霊がアッラーに向かって開かれていなければならない。よくある人は「自分には神を信じられない。感じられない。」というが、それはアッラーに向かって心が開かれていないからだと思う。心に蓋をしているから、あるいは心が自我(ナフス)で満たされているから真理が入っていかない。
結局イスラームを受け入れるか受け入れないかは心が開かれているか開かれていないか、が大きなポイントであると思う。
コップに蓋がしてあれば水はコップの中に入っていかない。あるいはコップの中が別のものでいっぱいになっていれば新しい水はコップの中に入らずに外にこぼれてしまう。それと同じで、心が閉じている人や心が自我で満たされている人はいくら真理の言葉を聞いてもそれが心の中に入っていかない。心を開いた人はアッラーの真理の光がどんどん差し込む。
まだまだ日本ではイスラームは未知の宗教だ、誤解もある。イスラームの良さを伝えたいと思う。
私ができることはなんだろうか?
いろいろダアワについて考えたが、最近はムスリムとして正しく生きること、信頼されるムスリムになることが1番のダアワかなと思うようになった。
ハディージャやアブー・バクルなど初期のサハーバたちが入信したのも、預言者(SAW)が信頼できる人だったからこそ、“彼の言うことだったら間違いはない”、“あなたの言うことを信じます”というふうに入信していった。
私が入信する時に出会ったムスリムたちのように、相手の心を開くような親切、寛容な態度や言葉で人に接することも大事だと思う。そのためには自分の魂を良くし、信仰を深めると共に、良い性格を身に付けないといけないだろう。
預言者(SAW)はタクワー(アッラーへの畏れ)の最高のモデルと同時に人への接し方の最高のモデルでもあった。預言者(SAW)はその優しさ、寛容さ、慈悲深さ、誠実さから、誰からも信頼され、慕われていた。「あなた[聖預言者]がかれらを優しくしたのは、アッラーの御恵みであった。あなたがもしも薄情で心が荒々しかったならば、かれらはあなたの周囲から離れ去ったであろう」(3章(イムラ―ン家章)159節)、「今、使徒があなたがたにあなたがたの間から、やって来た。かれは、あなたがたの悩みごとに心を痛め、あなたがたのため、とても心配している。信者に対し優しく、また情深い」(9章(悔悟章)128節)。
イクリマが入信する時のことを想い起こしてみよう。
預言者(SAW)は最大の敵の一人だったイクリマが入信するためにメッカにやってくるとき、サハーバたちに彼の父アブー・ジャハルの悪口を禁じられるほどイクリマの心を気遣った。また彼がやってきたときには「ようこそ、ヒジュラの旅人よ」とヒジュラ以来使われたことのない賛辞で彼を迎え入れ、彼の罪を許し寛大な態度で接した。そういう預言者(SAW)の寛容さ、心配りにイクリマの心は固い氷が溶けるように開かれ、真理を受け入れた。私たちはこのような預言者(SAW)の人への配慮を倣わなければならない。
願わくは私の態度が人の心を閉ざしてしまうようなムスリムのモデルになりませんように。
前回お話したように、改宗後3年目のウムラがきっかけで、私は回心し再びイスラームに心を開くようになった。
イスラームの教えそのものに眼を向け、知るにつれて、イスラームの良さを理解するようになった。しかし、依然として私の心の中は満たされないものがあった。4年間のサウジ生活が終り、日本に帰国した。ムスリマたちとの出会いを求め、勉強会にも参加した。もっとアッラーについての話が聞きたかった。アッラーに近づきたい、アッラーそのものについてもっと知りたい、信仰を深めるような話、魂を目覚めさせ心が洗われるような話をもっと聞きたい、と私の心はアッラーへの愛に飢えていた。
キリスト教徒からの改宗者は同じようなことを感じ、悩み苦しんでいる人が多い。キリスト教徒だったときは、神の愛が深く感じられるような話、心を見つめ内面の信仰を深めるような話が多かった。特に黙想会や練成会での神父様の話や祈りの日々は、神との交わりを深める助けとなり、本当に心満たされるものだった。こういう話が聞けるような勉強会や集いはイスラームにはないのだろうか。心満たされるような集いがしたいと感じていた。そんな時、あるムスリマから「ムスリムになったからには過去の信仰を全て否定しなければならない」と指摘され、ますます思い悩んだ。私はキリスト教徒だったときもムスリムとなってからもまったく同じ神を信じている。
こんな私はまだキリスト教を引きずっているのだろうか、私はムスリムではないのだろうか、やはり私はイスラームのウンマの一員ではないのだろうかとも感じ、かつて慣れ親しんだキリスト教の信仰の書を読んでみたが、神の愛や唯一神への信仰、内省についての記述には深く心動かされるものの、やはりイエスの贖罪や三位一体の教義などはどうしても信じることができず、“私はもうキリスト教徒には戻れない”と確信した。しかし、イスラームのウンマの中にも自分の心の居場所が見つからず、不安定な日々を過ごしていた。
そんな悩みをイスラームに精通し信頼できるあるムスリマに相談した。彼女から「ハニーファさんの希求は間違ってはいません。そして、ハニーファさんがそのような希求を覚える、ということは、アッラーがハニーファさんの心を求め、引寄せようとしておられる、ということです。飢えた者は幸いである、神が満たしてくださるから、とはこのことでしょう。飢え渇けば渇くだけ、また満たされる喜びも大きなものとなるのです。
渇かない者は満たされることを知りません。第57章28節に、『信仰する者たちよ、アッラーを畏れ、彼の使徒を信じよ。彼はおまえたちに2倍の御慈悲を与え、おまえたちが携えて歩む光を与え、おまえたちを赦し給う。アッラーはよく赦し、慈悲深い御方。』とあります。クリスチャンでその後、イスラームを受け入れた者には2倍の恵みがあります。過去の信仰がすべて否定されなければならないものであれば、このようなことはありえないでしょう。」という言葉をいただいた。しばらく涙が止まらなかった。この言葉にどんなに心なぐさめられたことか。そして迷いが消えた。
早速クルアーンの鉄章を開いた。注釈には「キリスト教徒及びその他の啓典の民が、イスラームの新しい啓示を謙虚に読むならば、先の啓示の完成であることを知り、新しい光の中に歩むことにより、かれらの以前の功績は認められ、これから先の功徳と二重の恩恵にあずかる」と書かれている。
そうだ、私はキリスト教徒だったからこそ、クルアーンの言葉が同じ神からの啓示だと信じることが出来た。聖書に慣れ親しんでいたからこそ、クルアーンに出てくる人の名前や出来事を読んだ時、それがどんな内容なのかを目の前に思い浮かべることが出来たし、その物語の意味を理解することが出来た。クルアーンにも「あなたがたがもし分らないなら、以前に訓戒(の啓典)を与えられている民(ユダヤ、キリスト教徒)に問うがいい」(16章(蜜蜂章)43節)とある。
キリスト教徒であったこと、そして聖書学の知識はムスリムになってからもクルアーンを読み、理解する時に大いに役立っていた。自分がキリスト教徒からの改宗者であることを肯定的に受けとめられた。57章(鉄章)28節を読むたびにありがたくて涙がこぼれる。
そしてこの直後に出会いがあった。あるムスリムを介して、「彼女達はあなたが求めているような集いをやっているだろうから訊ねてみるとよい」といわれた。何とそれは近所に住むトルコ人だった。帰国して2年目になっていた。彼女達との出会いによって私は救われた。自分が間違いなくムスリムであるということに確信が持てるようになった。
「(アッラーの)命令を知る前にそれを命じた主を知れ」という言葉があるように、彼女達との勉強会の中心は“アッラーを知る”ということだ。勉強会をはじめるようになり、水を得た魚のように、私の心はどんどん満たされていき、私のイスラームへの信仰も安定した。「求めれば与えられるであろう」という言葉は実現した。まさにアッラーの恩寵だった。アッラーが彼女達と出会わせてくれたことに感謝する。アルハムドリッラー。
心を開けばそこにどんどんアッラーの真理の光が入ってくる。彼女達との勉強会を通して、私はクルアーンの言葉を熟考することを学んだ。
本当に不思議なことだが、心を開いてクルアーンを熟考しながら読んでいくと、クルアーンの1節、1単語が心に響くようになった。心に響く箇所に付箋紙をつけていたらいつの間にか付箋紙だらけになってしまった。時には戒めの言葉、時には慰めの言葉と、その時々の私の精神状態にふさわしい言葉が与えられる。クルアーンは私自身に向けられたアッラーのメッセージであると、クルアーンの一節一節を自分のものとして受けとめるようになった。
また彼女達の姿から学ぶことは多い。彼女達は他人に向かって「ハラーム!」と咎めるようなことは言わないが、実は厳格にシャリーアを遵守している人たちだ。自分の信仰は堅固に持ち、人には優しく、頑なさを感じさせない人たちだ。アッラーに近づくためにはシャリーアを守ること、ハラームを避けることはとても重要なことなのだと彼女達の行動から自然と悟った。かつてはハラームという言葉を聞くのも嫌、ハラームの話をする人には近づきたくないと思うほど“ハラームアレルギー”に陥っていた私であるが、今は戒律を守る意義を理解し、タクワー(アッラーへの畏れ)からハラームを避け、アッラーへの愛からアッラーに近づくためにシャリーアを知って守りたい、と思うようになった。
「アッラーを求める気持ちがエンジンならシャリーアはハンドル。エンジンがなければ車は動かないし、ハンドルがなければ正しい方向に進めない」とは主人の言葉であるが、よい例えだと思う。
よくイスラームは戒律の宗教だといわれ、私自身もそう思って嫌悪感を持ったこともあったが、信仰が深まるにつれて、この戒律も我々が道をはずれないために与えられたアッラーからの慈悲なのだと思うようになった。今はガザーリーの言葉にあるように、知識と信仰に裏付けされた行(実践)によってのみアッラーに近づくことができると理解している。
戒律は人を束縛するためにあるのではなく、人を幸せにするためにあるのだ。
「幸せ」とは何なのかという価値観の違いもあるかもしれないが、私は何でも欲しいものが手に入り、享楽的な人生が幸せだとは考えない。それは一時的で現世的な幸せだと思う。ムスリムは来世のことも考えている。アッラーに結ばれた生活こそ本当の意味で幸せだと私は感じている。
私は今、シャリーア、戒律を守ることによって、キリスト教徒だったときよりも、アッラーのことをより近くに感じている。つまり、1日5回の礼拝、1ヶ月の断食、日々のズィクル、ハラームを避けること、義務だけでなく預言者(SAW)のスンナに倣うこと、それらの行為をアッラーのために行うことによって、それをしていなかった時よりも確実にアッラーへの思いが強くなり、信仰も深まってきた。かつては修道院での修練の意味がわからなかったが、今、私はイスラームを生きることによって、その時の修練の意味を理解できるようになった。一見不可解に思えるその厳しい修練も、実はそれはすべては自我を捨て、神に近づくための訓練だったのだ。そして、まさに今、そのときの修練と同じものを私はイスラームの中で生きているのだ。
特に、“心(ナフス)の浄化”はまさに私がずっと追い求めていたテーマだった。心を清めアッラーに近づくための具体的な実践方法やステップがイスラームではクルアーンとスンナに基づいた正しい方法で事細かに説明されている。そして心を浄化させることとシャリーアを守ることは表裏一体であることを知った。
今、私はムスリムになって本当に幸せだと思う。もう迷いはない。日々の礼拝とズィクルを通してアッラーと結ばれた生活は、かつて私が求めていた修道生活と結婚生活を両立しているようだ。結婚生活や育児からも学ぶことがたくさんあり、私を大きく成長させてくれるものである。
このような生活がこの身に与えられたこともアッラーの恩寵だ。真理を探究し、神を求め、大学時代からずっと希求してやまなかった思い、“アッラーに近づきたい”という祈りに対するアッラーからの応えを、今、イスラームを生きる中にその方法を見出しつつある。アッラーはしもべの嘆願の祈りに応えてくださる。「われは本当に(しもべたちの)近くにいる。かれがわれに祈る時はその嘆願の祈りに答える」(2章(雌牛章)186節)。
アルハムドリッラー。
 
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