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「あー、痛!!」また口内炎ができてしまった。心当たりはある。この口内炎は悪口を言ったためにできたのだ。
私の口内炎には原因がある。まだ10代の頃から、妹と喧嘩したり、反抗期で親に悪態をついたりした時などはその後きまって口内炎ができていた。噛んで出来た外傷によるもの以外に自然にできる口内炎があるが、たいていそれは人の悪口を言ったり、傲慢にも人のことを批判したり、言ってはいけないようなひどい言葉を発したあとできている。
医学的には口内炎は疲れや胃腸が悪い時によくできるという。疲れていたり、ストレスなどで胃腸が悪くイライラしている時は、人に対しても優しくなれず、つい悪い言葉を口走ってしまうことがあるから、医学的にも当てはまるのかもしれない。しかし私は、口内炎はアッラーから与えられた口の災いの戒めの印であると思っている。ある友人ムスリマも同じことを言っていた。同じことを考えている人がいるんだと、こんなことに仲間意識を感じた。これを読んでいる人ももしかしてそうだったりして・・・。
悪口やひどいことを言った後は「しまった!口内炎ができるかもしれない」と思う。案の定できてしまう。口内炎がしみるたびに、人を批判したり、悪い言葉を吐いた報いだと痛みに耐える。気付かぬうちにできた口内炎もあるが、それも原因をたどっていくと思い当たる。無意識のうちに口で人を傷つけていたりする。反省してもう人の悪口を言うまいとそのたびに決意するのだが、意志の弱い我が魂(ナフス)はまた人の噂話の場を好み、同じ罪を繰り返すのだ。もう罪を犯したくないから人との交わりを断ちたいとさえ思うのだがそういうわけにもいかない。しかし、口数を少なく、噂話をしている人のそばには近づかず、悪口を言う人から離れて悪口を聞かないようにする(一緒にいて聞いているだけで人のことを悪く思うし、聞くと私も交じって言いたくなる)、自分とは関わりのない問題には首を突っ込まない、のイスラームの教えを実行してみよう。
TVのワイドショーなどもどうでもいいような人の噂話ばかりで、噂話が日常茶飯事の中で生活していると感覚が麻痺し、さしてそれを罪だとも感じていなかったが、ある時から噂話をすること自体も罪なんだと気づき、意識するようになった。事実、たいていの噂話には良い話よりもほとんどの場合、人の批判や悪口が出てきたりする。
この世の中から、人の噂話、批判、悪口がなくなれば、いじめも偏見も差別もなくなるだろうし、平和な世になるのだろうなと思う。
だいたい、悪口を言っている時、その人の顔は醜い。妬みからくる悪口などは最悪だ。私もさぞかし醜い顔をして言っているのだろう。心はもっと醜いだろう。人の批判をしている時は自我(ナフス)の塊そのもので、そこには“自分は正しい”という思い上がりがあるし、人を裁いている姿は傲慢そのものだ。いったい人を裁く私は何様のつもりなのだろう。私に人を裁く権利があるのだろうか。アッラーに最も嫌われる行為である。結局、悪口を言う人は自らの行いを虚しくし、自らの品性を落としめていることにもなる。
本当に信仰深く謙虚な人は人の悪口を言わない。自己主張が強く、自我(ナフス)の強い人に悪口が多い。私もその一人だからいつも気をつけなければならない。『ルーミー語録』に「もしそなたが自分の兄弟に何か欠点を見つけるなら、それは自分自身のうちにその欠点があるということだ」とある。肝に銘じよう。クルアーンの部屋章(49章)を読むたびに耳が痛い。しかし、そこに書かれていることは真実だ。自分自身への戒めとして週に1度は読むようにしている。
【部屋章(49章)1〜18節】
慈悲あまねく慈愛ふかきアッラーの御名において。
1 信仰する者よ、あなたがたはアッラーとその使徒を差し置いて勝手な振舞いをしてはならない。アッラーを畏れなさい。本当にアッラーは全聴にして全知であられる。
2 信仰する者よ、あなたがたの声を預言者の声よりも高く上げてはならない。またあなたがたが互いに声高に話す時のように、かれに大声で(話して)はならない。あなたがたの気付かないうちに、自分の行いを虚しくしないために。
3 本当にアッラーの使徒の前でその声を低くする者は、アッラーがその心の敬虔さを試みられた者である。かれらには、赦しと偉大な報奨があろう。
4 本当に部屋の外から大声であなたを呼ぶ者の多くは、思慮分別のない者である。
5 もしかれらが、あなたの出て来るのを待つならば、それはかれらのためにも良い。本当にアッラーは寛容にして慈悲深くあられる。
6 信仰する者よ、もし邪な者が情報をあなたがたに齎したならば、慎重に検討しなさい。これはあなたがたが、気付かないうちに人びとに危害を及ぼし、その行ったことを後悔することにならないためである。
7 あなたがたの間にアッラーの使徒がいることを知れ。かれがもし多くの事柄に就いてあなたがたに従ったならば、あなたがたはきっと不幸に陥ったことであろう。だがアッラーは、あなたがたに信仰を好ましいものとなされ、またあなたがたの心を、それに相応しくして、あなたがたに不信心と邪悪と反逆を嫌うようになされた。これは正しく導かれた者である。
8 それもアッラーからの御恵みであり、恩恵である。アッラーは全知にして英明であられる。
9 もしも信者が2つに分れて争えば、両者の間を調停しなさい。もしかれらの一方が他方に対して、(一方的に)無法なことをするならば、無法者がアッラーの命令に立ち返るまで戦いなさい。だがかれらが立ちかえったならば、正義と公平を旨としてかれらの間を調停しなさい。本当にアッラーは公正な者を愛される。
10 信者たちは兄弟である。だからあなたがたは兄弟の間の融和を図り、アッラーを畏れなさい。必ずあなたがたは慈悲にあずかるのである。
11 信仰する者よ、或る者たちに外の者たちを嘲笑させてはならない。それら(嘲笑された方)がかれらよりも優れているかも知れない。女たちにも外の女たちを(嘲笑させては)ならない。その女たちがかの女たちよりも、優れているかも知れない。そして互いに中傷してはならない。また綽名で、罵り合ってはならない。信仰に入った後は、悪を暗示するような呼名はよくない。それでも止めない者は不義の徒である。
12 信仰する者よ、邪推の多くを祓え。本当に邪推は、時には罪である。無用の詮索をしたりまた互いに陰口してはならない。死んだ兄弟の肉を、食べるのを誰が好もうか。あなたがたはそれを忌み嫌うではないか。アッラーを畏れなさい。本当にアッラーは度々赦される方、慈悲深い方であられる。
13 人びとよ、われは一人の男と一人の女からあなたがたを創り、種族と部族に分けた。これはあなたがたを、互いに知り合うようにさせるためである。アッラーの御許で最も貴い者は、あなたがたのうち最も主を畏れる者である。本当にアッラーは、全知にしてあらゆることに通暁なされる。
14 砂漠のアラブたちは、「わたしたちは信仰します。」と言う。言ってやるがいい。「あなたがたは信じてはいない。只、『わたしたちは帰依します。』と言っているだけで、信仰はまだあなたがたの心の中に入ってはいない。もしあなたがたが、アッラーとその使徒に従うなら、かれはその行いに就いて、少しも(報奨を)軽減されることはない。本当にアッラーは寛容にして慈悲深くあられる。
15 本当に信者とは、一途にアッラーとその使徒を信じる者たちで、疑いを持つことなく、アッラーの道のために、財産と生命とを捧げて奮闘努力する者である。これらの者こそ真の信者である。」
16 言ってやるがいい。「あなたがたは自分の宗教を、アッラーに教えようとでも(思うのか)。アッラーは天地にある凡てのものを知っておられる。本当にアッラーは凡てのことを熟知しておられる。」
17 かれらは、自分がイスラームに帰依して、あなたに対する恩を施したように思っている。言ってやるがいい。「あなたがたの帰依は、わたしへの恵みとはならない。もしあなたがたが真実(帰依した)なら、アッラーは、あなたがたを信仰に導くことを、あなたがたへの恵みとなされるのである。」
18 本当にアッラーは、天と地の奥義を知っておられる。アッラーは、あなたがたの所行をよく洞察なされる方である。
 
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