信仰生活の喜び

 

 母の愛

 
5月の第2日曜日は「母の日」でした。私も娘達からプレゼントをもらう立場になりました。


自分が母親になってはじめて母の愛に気付くことがあります。子供のころは私の母は厳しいイメージの方が強く、母の愛に十分気付かず、感謝の気持ちも薄かったです。今もまだ十分に母の愛に報いることができていません。


私がはじめて自分がこんなに愛され、大切に育てられてきたことに気付き、母が私を育ててくれたことへの感謝に涙を流したのは、20歳の誕生日に母から「育児日記」をプレゼントされた時でした。そこには私が生まれてから6歳になるまでの出来事と母の気持ちがつづられていました。


私が生まれたときの母の喜びの記録、記憶のない時代の自分の姿、また私のことをどれだけ気にかけ、愛し、大切に育ててきたか、その育児日記には母の子への思い、“母の愛”がびっしり詰まっていました。


私も母親になり子供たちを育てていく過程で、母の気持ちがわかるようになってきました。


母というのは、どんなに疲れて眠たくても、子供が泣いてお乳を欲しがれば起きて飲ませることが出来るし、自分を犠牲にしてでも子供を守り、愛し、育てようとします。


一度、下の娘アミナが迷子になったことがありました。心臓が張り裂けそうなくらい心配で、そのとき私は熱があり体はフラフラだったにもかかわらず、気が張って、自転車を全速力でこいで捜し回りました。警察にもお世話になり、無事に見つかった時には、アルハムドリッラー、全身の力が抜けるほどホッとし、涙があふれて止まりませんでした。このときほど、 アミナがいとおしく、アミナの無事を願い、アミナが私にとってどれほどかけがえのない大切な存在であるかを感じたことはありませんでした。無事に見つかったことを、アッラーへの感謝の気持ちでいっぱいでした。


そういえば私自身も3歳の時、迷子になったことがありました。「育児日記」にはそのときの母の気持ちがかかれていました。私もずいぶんと母を心配させたんだろうな、とあらためて母の気持ちを思いやりました。


このことがあってから、“アッラーは砂漠で迷子になった駱駝を見つけたとき以上に、しもべの懺悔を喜ばれる”というハディースの言葉を実感するようになりました。私が アミナを見つけたとき感じた喜びはあまりにも大きかったのですが、それ以上にアッラーは私たちがアッラーのもとに戻ってくる(悔悟)のを喜ばれる、ということにアッラーの深い愛を感じ、ありがたい気持ちでいっぱいです。


またハディースに、“ある男が「私が最も尽くさなければならないのは誰ですか」と問うと、預言者(SAW)は「それはあなたの母です」と3回繰り返された”、とありますが、イスラームの教えが親孝行を大事にし、とくに母に孝行を尽くすことが強調される意味がわかってきました。


こういう日常の出来事を通して、アッラーの愛とありがたさを感じる日々です。


「アッラーのみ使いはいわれた。『アッラーは、あなたたちのだれかが迷った駱駝を捜しだした時の喜び以上に、しもべの懺悔を強くお喜びになるであろう』」(「サヒーフ ムスリム」第3巻633ページ)


「一人の男がアッラーの使徒の所にやって来て“私は人々のうちで誰に一番つくすべきでしょうか?”と言った。すると預言者は“あなたの母親です”と言った。そこでその男は“その次は誰ですか?”と尋ねた。すると預言者は“その次もあなたの母親です”と言った。そこでその男はさらに“その次は誰ですか?”と尋ねた。すると預言者は“その次もあなたの母親です”と答えた。さてその男はさらに“ではその次は誰ですか?”と尋ねた。すると預言者は“その次はあなたの父親です”と答えた。」(「サヒーフ ムスリム」第3巻511ページ)


「アッラーのみ使いの許に捕虜が連れてこられた。捕虜の中には女性がおり、彼女はだれかを捜し求めている様子であった。そして後に、捕虜たちの中に一人の子供をみつけると、その子をひきとって胸に抱き、乳を飲ませた。この時、み使いは、『あなたたちは、この女が、その子供を火の中に投げこむと思うか』といわれた。私たちが『いいえ、アッラーに誓って!彼女に守る力があるかぎり、子供を火中に投げることはしないでしょう』というと、み使いは『アッラーは、しもべらに対し、この女が子供に示した以上の慈悲をおかけになるだろう』といわれた。」(「サヒーフ ムスリム」第3巻639ページ)

 

 

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